荒ぶる神が吼える。
見慣れた光景。日常の一部と化してしまった、珍しくもない景色。自らの神機を構え、眼前のアラガミを睨む。
クロムガウェイン、と名付けられたアラガミと対峙するのは決して初めてのことではない。動きが素早く慣れないうちは苦戦を強いられることも多いアラガミだが今では日常的に灰域種と戦うハウンドにとっては難度の高い敵ではないだろう。
深く息を吸い込み、一気に地面を蹴る。女が動くのとほぼ同時にアラガミも駆け出した。
まずは双腕を破壊するべきだろうか。否、目で追うのも苦労するほど俊敏なあのアラガミをトラップやスタングレネードで足止めするのが先か。
自分だけなら多少の無茶も押し通せるが、今回は一人ではない。無茶な戦い方をすることで味方に余計な負担を強いてしまう可能性がある。脳内で即座にシミュレートして次の行動を計算する。
「トラップ、設置するわ。みんなはアラガミの誘導をお願い」
ホールドトラップを設置して、そう指示を出す。
初めて戦ったときにはその素早さに翻弄されたが今となっては敵の行動が手に取るように分かる。
銃……は今この状況では流石に使いにくいか。元々銃の扱いはそれほど得意でもないし。咄嗟に判断してヘヴィムーンを構え直す。
「イノリ、そっちだ!」
「了解」
ユウゴがトラップへとアラガミを誘導する。アラガミが逃げられないように地形を利用して追い込んでいく。
3、2、1。クロムガウェインがホールド状態に陥った。今がチャンスだとヘヴィムーンを翼のように広げた双腕へと力いっぱい振り翳した。
◇
びゅう、と風が吹く。ハウンドの鬼神に与えられた任務としては——まあ、久々に楽な仕事だったと言える。
ペニーウォートの監獄にいた頃であれば苦戦を強いられていただろう。あの頃は碌な強化素材も貰えず、漸く手に入れた素材も看守に見つかれば没収されていた。自分たちの潜在能力を見誤っていた看守たちは、後に鬼神と呼ばれるまでに成長するAGEを使い捨ての駒として潰れるまで雑に扱おうとしていた。
今となっては彼らに何の感情もない。どうせ今もペニーウォートで飼われていたとしたら自分は鬼神と呼ばれる存在になることもなく、どこかで名もないAGEとして野垂れ死んでいただろう。
……鬼神などという呼び名はあまり好きではないが、この肩書きがあるお陰で自分の価値を示すことが出来る。あの日あの時孤独から救ってくれた幼馴染の役に立てるのだ。
「お疲れ、イノリ」
「……ユウゴも、ね」
「お前には簡単すぎる仕事だったかもしれないが、引き受けたほうがハウンドにとって益のある仕事だったからな」
「どんな仕事でも構わない。私が仕事をこなすことでユウゴの夢に近付けるのなら」
自分に夢と呼べるようなものはないけれど、ユウゴが夢を見せてくれたから。
この人の夢を叶える手伝いをしたい、願わくはこの人の夢が叶うところを隣で見届けたい。強いて言うならこれが、自分にとっての夢であるとイノリは認識している。
ユウゴにとって、ハウンドにとって有益な仕事ならそれがどんなに簡単なものでも、或いは過酷なものでも不満はない。
「それに……簡単な仕事でも、ペニーウォートにいた頃よりは充実してる」
「そりゃ確かにあの頃と比べたら今は天国だが」
体調を崩した時でさえ薬を与えられず任務に放り出されていた頃が非人間的な扱いだっただけ、と言われてしまうと否定はできないけれど。
「あの頃よりも強くなったでしょう、私もユウゴも」
「まあな。ペニーウォートにいた頃は灰域種と戦うことすら想像したことなかっただろ」
「……私たちはペニーウォートでは見られなかった景色を見ている。何だか不思議」
まるで罪人のように、狭い牢で自由のない日々を送っていた頃はこんな未来があるなんて想像もしなかった。
——叶うならばこれから先も、今まで見ることが出来なかった世界を彼の隣で見ていたい。