——聖域で農業をしてみないか、と提案したのは極東支部を取り仕切っていたペイラー・榊で頷いたのはジュリウスだった。
今となってはもう随分と前のように感じられる。正直に言えばブラッドとしての通常任務だけでもかなりの負担だ。アラガミ討伐の最前線である極東地域の神機使いはブラッドに限らずではあるが、他の支部とは比べものにならないほど忙しいと思う。
博士の提案を人手が足りていないのだと微妙な反応で返したリンドウの言い分も痛いほど分かる。ブラッドとて人手が足りているとは言い難い。
それでもジュリウスが引き受けたいと思うのならば自分はそれを全力で手伝おうと思ったのだ。
◇
「農業って案外楽しいものですのね」
最初はクワを振るうことすらままならなかったし、土をいじっていると見たこともない虫が出てきて思わず悲鳴をあげてしまったこともある。任務が終わってからの作業はへとへとになるし辛いと感じることも多かった。
だが実際に育てていた野菜が収穫の時期を迎えると今までの苦労が報われるし、自分たちの育てた野菜を使って料理をするのは楽しい。
「正直、お前はこういう作業が好きではないと思っていた」
「経験がありませんし好き嫌いを判断できるところにいませんわ。幼少期に泥まみれになって遊んだ経験すらありませんし」
尤も、壁の内側であっても安全とは言い切れない現代、遊びで泥まみれになるような経験をする人も少ないのかもしれない。
人によっては瓦礫の山から使えそうな物資を探す為に汗と泥にまみれることはあるのだろうが貴族の令嬢であるノルンには当然ながらその経験すらない。安全な屋敷で静かに絵本を読み雇われていた使用人たちに遊んでもらいながら過ごす幼少期だった。
神機使いとしての能力が意味を成さない聖域で体力を必要とする農業を始めるというのは——まあ、大きな苦労もあったのだけれど。神機使いになる前は体力にあまり自信がないほうだったし、農業を終えたあとは疲れて動けなくなるのも日常茶飯事だった。
「……適合試験を受けたときはまさか自分が農業をすることになるなんて想像もしていませんでしたけれど」
神機を振るい荒ぶる神々と命懸けで戦い続ける覚悟はしていたが、アラガミのいない土地でクワを振るい生まれたばかりの土地を耕す未来は想定していない。
……そんな未来を想定できるのは未来を予知する能力を持った人間くらいだろうが。
「農業は大切なことですし……それに、あなたがやりたいと仰ったことですもの。引き受けて良かったと思っていますわ」
「お前がポジティブに受け止めているのなら良かった」
「あら、ジュリウスはわたくしが無理強いされて仕方なく始めたとでも思っていたのかしら?」
「そういうわけではないがお前の性格上、嫌な仕事でもあまり自分の意思は示さないだろう? 法や自分の中の倫理観に反するようなものであれば別だが」
——嗚呼、彼は自分の性格をよく知ってくれている。家族だと言うのだからある程度は把握していて当然なのかもしれない。でも、知っていてもらえるというのはとても嬉しい。
「…………いつになっても、あなたに敵う気はしませんわね」
それはそれで、悪くはないと思うけれど。