——あの日、あの時、私を暗闇から掬い上げてくれた貴方の為にこの命を捧げましょう。貴方の望みを叶える為に刃となりましょう。
胸の奥で今も燃え盛る炎。焼べるのはいつだって仄暗い感情だ。
誰かに誇れるような生き方をしてこなかった。ずっと誰かに使い潰される命だった。厄災で自分を使い潰そうとしていた大人たちが命を落として、逃げて逃げて逃げて——気付いたら見知らぬ子供たちと共にペニーウォートのミナトに向かっていた。そこで適合試験を受けて神機使いになるのだと言われたことは何となく覚えている。
自分はこのまま誰かに道具のように使われて自由になれないまま死ぬのだ、と思っていたときに声をかけてくれたのがユウゴだった。
彼がどんな理由で声をかけてきたのかは知らない。どのような思いだったのかも分からない。けれども不安も恐怖も一切なかった、なんてことはないだろう。
そんな中でもただ己の境遇に諦観を抱いていた同じ年頃の子供に声をかけてくれた。だからこの人の為に生きてこの人の為に死のうと大袈裟なことを考えた。
◇
イノリ・ペニーウォートの意識はそこで浮上した。随分と懐かしい夢を見ていたような気がする。
あの頃は何の力も持たない子供だった。ユウゴの為に、なんて考えてはいても戦闘力だってユウゴとあまり変わらない。アラガミとの戦闘中にミスをしてユウゴに庇われたこともある。
弱く、頼りなく、ペニーウォートという牢獄で燻っていた。看守に使い潰されるのだとしても、せめてユウゴの力になれるくらい強くなりたいと思いながらもままならない日々を過ごしていた。
それが今ではハウンドの鬼神などと呼ばれて、ユウゴだけでなく様々な人から頼りにされている。ハウンドの仲間と自分を重用してくれるアインやイルダたち以外の人間のことは、まあ、あまり興味もないのだが。
鬼神と呼ばれることは未だに慣れない。誰よりも強く、自分と並び立つほどの実力者が殆どいない世界というのは孤独ではあるし実力があるからこその苦悩なんてきっと理解されない。
だが、鬼神の肩書きがユウゴの役に立つのならば自分は孤独でも構わないとも思う。ユウゴの夢を叶えることが自分の望みなのだから、この肩書きのお陰でそれが為せるのならばいくらでもハウンドの鬼神という自分には似つかわしくない仮面を被ろうと決めた。
「よくある灰域種討伐の依頼だ。お前が出るまでもない内容だと思うが、先方はどうしても鬼神の戦力をご所望らしい」
「構わない。この任務も私たちにとって必要なことなのでしょう? 私の代わりにニールやフィムを行かせるわけにもいかないし……」
灰域種バルムンクの討伐任務。ハウンドではそう珍しくもない依頼だ。灰域種との戦闘経験が殆どない他のミナトにとっては脅威でも、ハウンドにとっては戦い慣れた相手。
ハウンドの中でも有名人だからと、ハウンドのメンバーであれば誰でもこなせそうな内容の依頼でイノリが指名されることも多い。どうしても別の任務で手一杯のときは誰かが代わりに引き受けてくれることもあるのだが。
「まあ心配しなくてもお前一人で行かせる気はない。目を離すとすぐ無茶をするからな、お前は」
「信用ならない?」
「イノリの実力は信用してるしお前が俺の指示を無視するとも思わねえが、自分のことを大事にはしないだろ」
「……昔よりは大事にしているわ。私に何かあったら、きっとユウゴは悲しむから」
ユウゴは幼馴染が怪我をしただけでも悲しむだろうし、その怪我が自分の指示のせいであれば責任を感じるだろう。そう気付いてからはだから出来るだけ無茶はしないと決めた。昔であれば自分の命を犠牲にしてでもユウゴに尽くしただろうけれど、ユウゴはそれを望んでいない。ユウゴの望まないことはしたくない。
——とはいえ、ユウゴと自分のどちらかが犠牲にならなければ二人とも助からないような状況であれば私は今も迷わず自分の命を捨てるだろう。
「ユウゴの為にも今はまだ死ねない」
「…………そういうところが駄目だって言ってるんだけどな」
ユウゴの前では言えないけれど、道具のように誰かに使われる生き方しか知らない自分は誰かの為でなければ自分の生すら選べない。結局そういういきものだった。
呆れたように漏らすユウゴに視線を投げ、イノリは思案する。ユウゴの言葉が理解できないわけでもない。自分の根幹にあるその生き方を変えてしまうのが怖い、というのが近いのかもしれない。
自分が自分でなくなるような……別種のなにかに変質してしまうような感覚。その変化が必ずしもよい方向へ進むとは限らない。
「使命は果たす。……それでいいでしょう?」
深く息を吐くユウゴには気付かないふりをした。今はまだ、ユウゴの懐刀のままでいさせてほしい。