あなたが欠けた世界

遠くで今もなお捕喰を続けている螺旋の樹を見上げてノルンは溜め息をついた。
近くまで行けるのに、恐らくは世界で一番遠い場所。あの日、ジュリウスと最後に話した場所。
あれからどれくらい経ったのだろう。まだ数ヶ月しか経っていないような気もするし数年が経過してしまったような気もする。
ジュリウスがブラッドにいない。会えない。それだけでこんなにも苦しいなんて想像もしていなかった。
彼がブラッドを誰よりも愛し、守ろうとしていたことは知っている。ジュリウスを守りたいと思っていたのに、本当はずっと守られていたことも。
ブラッドを、彼の愛した部隊と彼らの生きる世界を、今度は自分が守らなければ。弱音を吐くわけにはいかない。
弱いところを見せてしまっては笑われるかもしれないし、心配をかけたくもなかった。

「……わたくしにとってはブラッドこそが家族であり世界ですもの。この命ある限りそれを守ることがわたくしの為であり、あなたの為にもなりますわね」

彼と過ごした時間は決して長くはなかった。
20年もない、自分が生きてきた人生の中のほんの数ヶ月。そんな短い時間、一緒に過ごした相手がこんなにも自分の中で大きな存在になるなんて。
入隊した頃は想像もしていなかった。そのせいで今、苦しくなっているのは事実だが不思議と嫌ではない。

「この痛みはそれだけあなたのことが大切だった証、ですわ。痛みが消えない限り、わたくしは頑張れるような気がしますの」

未だに地上は荒ぶる神々に喰われている。きっとこれからも命を懸けて戦う日々が続くのだ。
ジュリウスは赤い雨をやませ、黒蛛病を全て持って行ってくれた。彼が特異点として、あの樹の中にいる限りは終末捕喰も起こらない。
十分すぎるほどのものを貰ってしまった。だから今度は、自分が彼のいないこちら側の世界を守るのだ。持ち場が違うだけで今までと何も変わらない。

「そちら側から、わたくし達のことは見えているのでしょうか。あなたと比べたらまだまだですけれど、わたくしがこちら側を守りますから、どうか安心してくださいな」

あなたと出会えて良かった、そうふわりと笑んだ。