11月25日。
データベースに記載されていた、ノルンの誕生日。彼女がこの地球上に生を受けた日。それが今日。
尤も、主役である筈の彼女は朝から難度の高いミッションに行っていて不在なのだが。
今日くらい休めばいいのに、という気持ちもあるがノルンは誕生日だからと言っていつもと違う特別なことをしたがる性格ではない。
「まあ、ノルンらしいよね。誕生日でも率先して難しいミッションに行くなんて」
「……そうだな」
「一緒に行けなかったからって拗ねないでよ。ノルンだってジュリウスが嫌いだから一緒に行かなかったわけじゃないんだし」
「別に拗ねてない」
まあ拗ねてないならいいんだけど、とヨルは苦笑する。
ミッションにはノルンの従者、ミルトニアも同行しているし難度が高いと言っても一般の神機使いにとっての話だ。
最前線である極東で複数の大型アラガミや感応種との交戦経験もあるノルンにはいつもとあまり変わらない難度だろう。
「戻ってきたらおめでとう、って言ってあげるといいよ。ジュリウスがそう言ってあげるだけでノルンきっと喜ぶから」
*
ノルンが自分以外の人と誕生日を過ごすのは久しぶりなのだとミルトニアは話していた。彼女の両親が亡くなってからは大したことも出来なかったと。
元々お嬢様とはいえ誕生日に大勢の人を集めて盛大にパーティーを開くような家庭ではなかったし、親がいなくて大変なことを知っている彼女が不満を口にすることはなかったけれど。
「お嬢様が神機使いになってしまわれたのは今でも少し不安ですが、沢山の家族が出来たことは私も嬉しく思います」
「ルト……?」
「今まで寂しい思いをさせてしまいましたが……ジュリウス様やブラッドの皆様がいらっしゃる今年はそうならずに済みそうです」
ミルトニアは独り言のようにぽつりと呟いた。
*
ノルンが帰投したのは数時間後のことだ。
想定外のアラガミが侵入し、それを片付けるのに時間がかかったらしく予定より少し遅かった。
見たところ特に怪我はしていないようだ。
「戻ったのか。……おかえり、ノルン」
「ただいま、ですわ」
「戻ってきたばかりで悪いが、報告書が済んだら少し時間をもらえるか?」
「……? それは構いませんけれど……ジュリウスの部屋へ向かえばいいかしら」
「ああ、すまない」
きょとんと首を傾げたノルンに頷いてみせる。彼女のそんな些細な仕草に少しドキッとした。
……本当は自分のほうから出向くべきなのだろうが、彼女の仕事の邪魔はしたくない。
ノルンとエントランスで別れ、ジュリウスは自室に戻った。
元々、ジュリウスには誰かの誕生日を祝うという経験があまりない。
ラケルに引き取られ、マグノリア=コンパスで過ごすようになってからは特に、だ。ブラッドに入隊してからも1年前、ロミオやヨルがやってくるまでは一人だった。
祝うことに慣れていないから、だろうか。ノルンの誕生日だというのに自分のほうが少し落ち着かない。
「ジュリウス」
「ノルンか……入っていいぞ」
「……失礼致します」
扉の向こう側から控えめな声が聞こえて、思わず苦笑する。
自分は何か呼び出されるようなミスをしただろうか、とでもいうような不安げな表情。
副隊長という立場上、どうしても求められる責任は大きくなる。それ故にそのような心配も分からなくはない。
「ノルン……誕生日おめでとう」
「え……あっ」
「……その顔、覚えていなかったのか」
「最近忙しかったですし……数年間ルト以外に祝っていただくこともありませんでしたから」
朝からミッションに出かけていたから他の仲間達からもまだ祝ってもらっていなかったのだろう。
一番に彼女を祝うことが出来たのだと思うと我ながら子供っぽいとは思うが少し嬉しい。
従者であるミルトニアは自分に気を遣って敢えて朝一番に伝えなかったのかもしれないけれど。
「まさかあなたに祝っていただけるとは思いませんでしたわ」
「……お前は俺をなんだと思っているんだ」
「いえ、ジュリウスも忙しいでしょうから……。わたくしの為にこうして時間を割いてくださって嬉しいのですわ」
自分でも忘れていましたし、とノルンは付け加える。
胸の奥がじんわりあたたかい。ジュリウスが祝ってくれた、ただそれだけのことなのに満たされる。
「……ノルン、これを」
「ティースプーン?」
「たまたま見つけたんだが、お前なら使うかと思ってな」
紅茶、も考えたがノルンが好む紅茶も分からないので諦めた。
ティースプーンなら紅茶が好きな彼女に使ってもらえるのではないか、と思ったのだ。
一瞬驚いたような表情を浮かべたノルンはティースプーンを受け取るとふわりと笑う。些細なことではあるが、彼女の笑顔が嬉しい。
「……ティースプーン、ずっと大切にしますわね」
「喜んでもらえることは嬉しいが、流石に大袈裟じゃないか?」
「そんなことありませんわよ。もったいなくて使えないかもしれませんけれど」
「出来れば使ってほしいんだが……」
「冗談ですわ」
早速紅茶を飲むときにでも使おうかしら、なんて。
大袈裟かもしれないけれど、今が一番幸せだと思った。