バレンタインデー。
地域によってそのイベントの形も様々であるが極東では概ね女性が意中の男性にチョコレートを贈る日とされているらしい。
ノルンの生まれ故郷では——最早記憶も朧げだが、極東ほどバレンタインデーに馴染みがなかったように思う。
お互いに感謝し合う日として女性から男性へ菓子を贈ったり、男性から女性へ花束を贈るイベントだったことをうっすらと覚えている。
極東ではいつからか友達同士でチョコレートを交換したりもするようになったらしいが、バレンタインに向けてみんなでチョコレート菓子を作るのはとても楽しそうで憧れがないわけではない。
尤も、お菓子作りなんて経験も殆どないノルンには今から手作りなんて難易度が高いのだけれども。
「郷に入っては郷に従え、という極東の古い言葉もあると聞きますし……極東方式のバレンタイン、なのですけれど……その」
ノルンの手には小さな小箱。
バレンタインの為に用意したチョコレートである。即ち、ジュリウスへの本命チョコ。手作りではないけれど、ジュリウスの口に合うだろうか。そもそもブラッドの隊長である自分が一隊員を特別視するなんてよくないと……もちろんブラッドのメンバーは全員大切で、彼らにも個別にチョコレートを用意したのだけれど、とにかくジュリウスに呆れられてしまうだろうか。そんな不安が過ぎってしまう。
「あなたのお口に合うか分かりませんけれど……受け取ってくださると、嬉しいですの!」
強引に小箱を押し付けて逃げるように立ち去る。
嗚呼、そういえば極東には義理チョコなる文化もあったような気がする。告白もしていなければ特にメッセージカードなどもないあのチョコレートでは義理だと受け取られかねない。
——まあ、お世話になっているのは事実だし、義理だと思われても感謝が伝わればそれだけで十分なのだけれど。
恋心とは厄介な存在だ。だが、それに振り回されるのも悪くないと思った。
*
「……バレンタインのチョコレート、か」
極東では意中の男性にチョコレートを渡すイベントである、ということは知っている。
アナグラの女性たちが恋人や片思いしている相手へチョコレートを贈るという話をしていたのを偶然目にした。
ブラッドの女性陣もそんな極東独自に発展したバレンタインの文化を知り、素敵な風習だと盛り上がっていたのを記憶している。
ブラッド隊長であるノルンのことだからこのチョコレートも世話になっている神機使い全員に配っている可能性もあるが——。
「少し驚いたな」
理由は分からないが意外だと、そう感じた。