極東地域で新種アラガミの目撃情報が相次いでいる、らしい。
あくまで噂話だし自分の目では確認できていないからどのようなアラガミなのかも断片的な情報から推測するしかない。目撃情報は複数報告されているというのに今のところ映像が何も残っていないというのも不思議な話だ。
「新種アラガミですか? ええ、遭遇しましたよ。大きさは確か……通常のヴァジュラと同じくらいだったかと」
そう説明したのは入隊して間もない青年だ。彼は数日前に部隊長と共にはじめて大型アラガミの討伐に赴き、そこで新種アラガミと遭遇したという。
新人を連れた状態で能力も分からない新種と交戦するわけには、と咄嗟に判断した部隊長のお陰で戦わずに済んだのだと青年は続ける。
新種アラガミを討伐した、という報告は今のところない。誰かが討伐していれば報告書の内容や回収したコアなどからある程度の情報は分かるだろうし極東支部にも何らかの記録が残されているはずだから、まだ誰も倒してはいないのだろう。
難度の高い戦闘に慣れた神機使いの多い極東支部の面々でも苦戦するほど手強い相手なのか、それとも逃げ足がはやいタイプのアラガミなのか。神機使いの戦意を削ぐ特殊な力を持っている、という可能性も否定は出来ないかもしれない。
とにかく、そのアラガミを見たという人から少しでも情報を集めなければ。
「例のアラガミでしょう? 私の弟が神機使いなのだけど、数日前に外部居住区に近い場所で遭遇したって言ってたわ。私もそのアラガミと交戦したという神機使いの治療に何度かあたったことがあるけれど……」
「戦った人がいる、というのは驚いた」
「そうね。そのアラガミは交戦的なタイプではないようだし極力戦闘は避けるようにと通達されているとはいえ正義感や名誉の為にアラガミに挑んでしまう人は時々いるわ」
万が一、命を落としてしまったら意味がないのにね。そう呟いて医療班の女性は寂しそうに微笑む。
正体不明のアラガミとの戦いで死んでしまった人がいる、という話は現時点では聞いたことがないけれど早くアラガミを討伐しなければいつか犠牲者が出てしまう可能性はあるだろう。
だからこそ、そのアラガミについてできる範囲で調べているのだが。
自分の目で確認することができれば一番なのだけれどそのアラガミは外部居住区に程近い場所で目撃されたという情報もあればアラガミに喰い荒らされて何年も前に放棄された土地に佇んでいたという話もある。
同種のアラガミが複数存在するのか活動範囲が広いのかは定かではない。しかしアラガミの行動を予測するのは今すぐには無理だろう。
「あなた、ブラッドの神機使いでしょう? ブラッドがあのアラガミに対応するのかしら」
「うーん……どうかな。僕は個人的に気になることがあって調査してるだけだけど……でもクレイドルかブラッドか第一部隊が、ってところじゃないかな」
「まあ、極東支部の精鋭だものね。どんな能力を持っているか分からない以上全力で叩くべきだわ」
新種の討伐任務はいつ発令されてもいいように準備している。
危険性が判明していなくとも何度も難しい戦いを勝ち抜いたブラッドならば勝てなくはないかもしれない。とはいえ、相手が感応種でないならば今回はブラッドの仕事ではないかもしれないな、とも思う。
情報が曖昧なのは気になるところだが、集めた噂をもとに考えるならブラッドの血の力がなければ戦えない相手というわけでもなさそうだし、最近はブラッドも感応種の対応に追われている。
尤も、感応種がブラッドしか対処できなかったのも以前の話で今では極東支部所属の神機使いであればある程度は戦えるのだけれど、それでもブラッドが一番慣れていて不安要素も少ないのは事実だ。
*
「確か炎の攻撃を仕掛けてくるって話だろ?」
「そうだね、たとえばハンニバルのようなアラガミなのかそれとも今まで確認されているどのアラガミの特徴にも当てはまらないものなのかまでは掴めなかったけど」
此方から攻撃すればそれに応じるように反撃してくるけれど攻撃さえしなければかなり近付いても無反応だった、という証言もあった。ただし反撃するのは一度きりですぐに逃げてしまう、とも。
もしも戦うならば逃げられないよう対策はしておくべきだろう。スタングレネードやホールドトラップでどこまで通用するのかはまだ未知数だが。
「こういう対策を考えるのはヨルの得意分野だろ?」
「得意分野どころか本来なら専門外だよ、ロミオ。僕はこれでも神機使いだからね」
まあ、考えること自体は好きではあるけど。
そう付け加えると「やっぱりな」なんてロミオは笑う。ラケルとレアを間近で見て育ったのだから彼女らのような研究者としての道に興味を示すのも別に不自然なことではないだろう。
同じ施設で育ったとはいえロミオは特に関心もなさそうだがそればかりは個々人の適性だろうか。
「時間があればグレネードやトラップは改良しておいたほうが確実かも。交戦した人たちだって動きを封じる手段としてトラップを使った人はいる筈だし……」
「つまり通用しなかったってことか?」
「そこまでは何とも。焦って使うタイミングを間違えて効果が薄れたという可能性もあるだろうし」
「あー……」
特に新人であれば戦闘を有利に運ぶためのアイテムを使うタイミングを間違えてしまうことは割とある。
ヨルもロミオも新人だった頃はそのようなミスは何度も経験してきたし今でも見たことのないアラガミに対してパーフェクトな行動をとれるかと言われると無理だと思う。
動きが読めない新種を足止め出来たとして、足止めが正しい判断とも限らない。
「ヨルってさ、意外と冷静にいろんなこと考えてるよな」
「まあ、僕の場合元々は神機使いを支える研究者になりたかったからね。適合試験を受けて神機使いになったことを後悔はしてないけど」
適合試験を受けていなければいつかフライアや極東支部で何か研究する未来があったのかもしれない。自分の研究がどこかでブラッドの役に立つのを想像すると不思議な気分だ。
その未来は閉ざされてしまったわけではないけれど、遠ざかったものではあるのだろう。
今の神機使いとしての立場も充実しているし自分が誰かを守れているのが誇らしくもあるからネガティブな感情は特にない。
「そういえば確かロミオはこれから任務だろう?」
「ああ。ジュリウスとナナと一緒だし、今回はいつもより簡単そうなやつだけどな」
「君の作戦区域は例のアラガミが複数回目撃されているようだから、念のため用心しておいたほうがいいよ。万が一遭遇してもブラッドの実力であれば討伐または撤退もそこまで難しくはないと思うけど」
「りょーかい」
思考する。
情報を収集し、それを組み立てて推測する。その時間は嫌いではない。暗闇の中で少しずつ輪郭がはっきりとしてくる。それが誰かの命を繋ぐようなものであれば嬉しい。