名前の色

 イノリ、という名前に特別な思い入れはない。
 名前のない子供が、人間として生きていく上で名前がないと困るから——そんな理由で適当に覚えた言葉を名前として利用しただけだ。
 自分のことを呼んでいるのが分かるなら極論「ゴミ」や「クズ」と呼ばれることにも抵抗はなかった。
 それでもやはり人間として扱われていると思えて嬉しいので普通に名前を呼んでもらえるほうが好きなのも事実だ。

「イノリ、考え事か?」
「ううん、そうじゃない」

 腕輪で拘束され、自由すらも与えられない部屋の中で。
 ……もしかしたら、身内以外で初めて人間扱いしてくれたのはユウゴだったかもしれない、なんてふと思う。
 イノリ、と。最初に出会った時からそう呼んでくれる彼のことはイノリにとっても特別な存在だ。

「ユウゴは私のことをちゃんと名前で呼んでくれる。……それが嬉しい、って思っただけ」

 嬉しい、と言いながらあまり表情が変化しないのは自分でもどうかと思うけれど。
 この牢獄で、ユウゴやジーク、子供たちが名前を呼んでくれる間だけは自分は人間でいられる気がする。

「無駄話をするな。さっさと出撃しろ」

 見張りの看守の怒気を孕んだ声が響く。
 所詮は彼らにとって自分やユウゴの命など、いつ切り捨てても困ることのない消耗品でしかない。そんな扱いが続けば生きている、という実感すらも薄れてしまう。
 次の任務で用済みと判断されてアラガミの撒き餌にされる可能性だってゼロじゃない。
 それでも看守の望み通りに死んでやるつもりなんてない。

「行こう、イノリ」
「はい」
「……それと今の話だが、俺はイノリって名前好きだからな」

 この幼馴染はいつだって、自分を人として扱ってくれる。
 本来はそれが当たり前だったのかもしれないけれど、生まれてから一度だってそんな扱いをしてくれる人はいなかったから。

「うん。ありが、とう……」

 私も好きだよ、なんて言えないけれど。
 ユウゴのことも、ユウゴの名前も、好きなものだった。