クリサンセマムの鬼神

 本部奪還作戦を終えて数日。
 ハウンドの面々は久しぶりに穏やかな日々を過ごしていた。

「AGEになってから初めてかもしれないな、こんなにゆっくり過ごしたのは」
「……確かに、そうかもしれない」

 簡単な討伐の仕事が入ることは多いけれど、つい先日まで灰域種を何度も相手にしてきたのだ。あの日々と比べたら随分気が楽だ。
 ハウンドのエース。クリサンセマムの鬼神。そのように言われることはあれどもイノリ・ペニーウォートも一介のAGEに過ぎない。
 戦闘能力が特別優れているというわけではないし、他の神機使いと比べて体力に自信があるわけでもない。灰域種との戦いの度に命懸けだ。
 ペニーウォートにいた頃はゴミのように扱われ、看守からは生きているだけで迷惑かのように言われることもあった。そんな自分たちが心身ともに穏やかに過ごせる日が来るなんて、まるで夢のようだと思う。

「ユウゴには感謝してる。……きっと私は、ユウゴがいなければ強くなれなかったから」

 適合試験を受けた日のことを思い出す。失敗すれば命を落としてしまうし、仮に適合出来ても後遺症で再起不能になることもある。未だ研究途中にあるAGEの適合試験とはそのようなものだと聞いていた。
 あの日だって適合試験から逃げ出したいと思っていた。自分が無事に生きて適合出来る保証はなかったし、仮に生きていられたとしてもその先にあるのは奴隷のように扱われる自分たちの姿だけ。
 ユウゴ・ペニーウォートのお陰で適合試験を受けるときには少しだけ気持ちが落ち着いていたし、AGEになって苦しい日々が続いても死にたいとまでは思わずに済んだ。
 クリサンセマムの鬼神、なんて呼ばれるようになってからもアラガミとの戦いは恐ろしいし、灰域種とも必要以上に戦いたくはない。
 もちろん仲間を助ける為、そして将来の自分たちの為に必要なのだから率先して戦うけれど、立ち上がっていられるのはきっと隣にユウゴがいるからに他ならない。

「珍しいな、お前がそんなことを言うなんて」
「いつも、思ってたこと。クリサンセマムの鬼神と呼ばれていても、それはユウゴが支えてくれているから思う存分戦えているだけ」
「鬼神、なんて厳つい二つ名、お前のことを昔から知ってる身としては笑っちまうがな」
「私の代わりにユウゴが呼ばれたらいいのでは?」
「なんでだよ。……イノリの実力が適切に評価されてる、それで十分さ」

 適切、と言うと少し違うかもしれないけれど。
 昔から知っているお前の実力をきちんと認識してくれる人が増えることが嬉しいのだというユウゴに思わず苦笑してしまう。

「ユウゴのことを信じてるから、私はユウゴの考えた作戦に乗っかっただけ」
「俺だって、お前のことを信じたからこそある程度の無茶を押し通せたんだ。お互い、無茶しすぎだとは思うがな」
「……本当に。でも嫌いじゃないわ」

 ユウゴがいてくれるから、どんな無茶なことでも乗り切れる気がする、なんて。