「I」をくれた人

「お前、名前は?」
「……えっ……その、イノリ、です……」
「イノリか……いい名前だな」

 ユウゴ・ペニーウォートにそんなことを言われた幼い日のことを今でも覚えている。
 イノリ。極東のほうの言葉らしいけれど、意味は知らない。イノリは極東地域の生まれではない。親に名前すら付けてもらえなかった子供が、言葉を話せるようになった頃に偶然極東の言葉を知る機会があり、それをそのまま名前として名乗るようになっただけだ。
 自分にとっての名前は個体を識別する為のもので、イノリという名前を特に気に入っているわけでもない。
 だから名前を褒められるという経験も初めてだったし、衝撃を受けたのだ。


*


「……リ、起きろ、イノリ」
「……んぅ、ユウゴ……どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇ。次の仕事の作戦会議中にお前が突然寝たんだろうが」
「そうだっけ?」
「しっかりしてくれよ、最近ハードな仕事が続いてたから疲れてるのかもしれないけどな」

 昨日はラー。その前はヌァザ。最近は灰域種との戦いが増えている。
 自分たちは灰域種アラガミを討伐することで食いつないでいるようなものだからそれ自体はいつものことではあるのだけれど。
 それにしても、人と話している最中に眠ってしまうとは思わなかった。ユウゴとの付き合いは長いが、彼と会話しているときに眠るなんて初めてかもしれない。
 相手がユウゴだったから良かったものの、これがミナトで自分たちを虐げてきた看守だったらどうなっていたか。

「体調でも悪いのか?」
「……そんなことはない、大丈夫」

 ——随分と懐かしい夢を見ていたような気がする。
 ユウゴと出会わなければ自分はどうなっていたのだろう。人として扱われず、消耗品のように使い潰され、自分の人生を悲観し、そのまま死んでいたかもしれない。
 少なくともユウゴに出会えたお陰で自分は何があっても生き残ろうと思えたし、ペニーウォートでも諦めずに済んだのだと思う。

「ユウゴ、ありがとう」
「どうした突然」
「……私は私を人として扱ってくれるユウゴに感謝しているの。ユウゴがいるから、私は道具にならずに済む」

 イノリ・ペニーウォートはユウゴの懐刀として、彼の期待に応えねばならない。
 それが自分を人間に繋ぎ止めてくれている、ユウゴへの何よりの恩返しになると信じている。

*

「——はぁっ!!」

 ヘヴィムーンを大きく振り、灰域種……バルムンクの頭部へ叩きつける。
 バルムンクが一瞬よろめいた隙をついて、ユウゴの神機がアラガミの肉を断つ。それが致命傷になったのか、バルムンクはもう動かなかった。
 最前線で戦っていたイノリもボロボロだが、イノリを援護していた他のハウンドたちも傷だらけで。何とか今回も誰一人死ぬこともなく仕事を終えられたことに安堵する。
 本来、灰域種は小型ですら危険なものだ。大型の灰域種を一小隊だけで迎撃など、命を投げ捨てるようなもの。それを成し遂げられるからこそ商売として成り立っているとはいえ、無茶をしていると思う。

「今度こそ死ぬかと思った……」
「縁起でもないこと言うなよ……確かに今回はちょっときつかったが……」

 体感的に、いつも戦っている個体より強かった気がする。敵の攻撃を避けきれなかったときは骨の一本でも折れてしまったかと思ったが、奇跡的に大きな怪我はない。
 小さな傷は数え切れないほどではあるけれど。

「イノリ、って神様に願うことなんでしょ?」
「は?」
「子供の頃、ユウゴが教えてくれた。私の名前の意味」

 イノリ、という言葉を知りそれを名前にしたが意味は知らなかった。
 神様に請い願うことなのだと教えてくれたのはユウゴだった。神頼みしているみたいな名前だな、と思わず苦笑してしまったものだ。

「だったら神様が私たちの生きたい、勝ちたいって気持ちを聞き届けてくれたのかなって」
「なんだそれ」

 イノリ、という名前を少し好きになれたのは間違いなくユウゴのお陰だった。
 この勝利が実力のうちなのは理解しているけれど、誰も大怪我をしていないのは神様が聞き届けてくれたからかもしれない、なんて。

「ユウゴ、これからも頼りにしてる」
「それはこっちの台詞だ」

 貴方に出会えて良かったと、心の底から思っている。