当たり前の非日常

 ペニーウォートの子供たちが「クリサンセマムのお風呂は温かい水が出る!」と大はしゃぎしていた。石鹸も固形で、粉ではないらしい。
 他のミナトは知らないけれどペニーウォートでは私たちAGEが自由に使える水なんて与えられる筈もなく、お湯なんて使ったことすらなかった。入浴、というよりは水浴び。体を満足に洗うことすら出来ない生活を何年も強いられていた。
 だから時間も気にせず、体を清潔にするだけのお湯を使えるお風呂は新鮮だった。

「ユウゴ、すごい。本当にお湯が出た。……お風呂、お湯が出るんだ」

 風呂上がり、幼馴染に一番にそんな報告をする。あたたかいお風呂、なんて人生で初めてだった。
 AGEになる前はスラム街で貧しい生活を送っていたし、あの頃はそもそも日常的にお風呂に入るという習慣がなかった。シャワーもお風呂もない環境だったのだから当然ではあるのだが。
 イルダとエイミーに「今日はもうお風呂に入ってゆっくり休め」なんて言われたときは何を言われているのかよく分からなかった。私にとってお風呂は冷たいものだったし水や石鹸を無駄に消費してしまったらどんなことを言われるか。怯えながら急いで体を洗い流すためのものでしかなかった。
 お風呂は恐怖の対象だったしそんなものに入ってしまえば脳が覚醒してゆっくり休むことなんて出来ない。
 その筈だったのに。

「入浴中に眠くなる、なんて初めての経験だった」
「頼むから風呂で寝るのはやめろよ。溺れて死んだりなんかしたら笑い事じゃないからな」
「……うん」

 安心できたからこそ、なのだろうか。
 私たちの所有権は未だにペニーウォートの管理者にあるし、クリサンセマムにずっと居られるわけでもない。せっかく自由を得たのにまた牢獄に戻される可能性が高い。
 そうならない為に色々と考えてはいるけれど——ほんの一瞬だとしても監視の目のない生活に気が緩んでいるのかもしれない、なんて。

「ベッドも清潔だし、神機の補修用テープじゃない普通の治療を受けられる。……当たり前の生活、っていいものなのね」
「……ああ、本当に、この生活が続けられたらいいのにな」