後にエルヴァスティの奇跡、と呼称されるようになる現象によって大灰嵐の危機は去った。
あの日を境にクリサンセマムの鬼神などという大それた二つ名は今まで以上に知れ渡り、直接師事を仰ぎたい、なんてAGEや正規ゴッドイーター も決して少なくない。
「あのっ!」
見知らぬ少年に声をかけられ、イノリ・ペニーウォートは首を傾げる。そういえば今日はクリサンセマムと他のミナトの合同任務だった——つまり彼は別のミナトのAGEだろうか。
エルヴァスティの奇跡以降、各地のミナトやグレイプニルも少しずつ変わりつつある。もちろん人間は短期間で簡単には変われないけれど、他のミナトとの合同任務もその変化の1つだ。
今回は灰域種を含む多数のアラガミ反応があり、クリサンセマムだけでは対応しきれないからハウンドが灰域種を引きつけ、その間に他の神機使い達で取り巻きのアラガミを叩く、そういう手筈になっていた気がする。
……この少年も作戦の参加者なのだとしたら自分に何か確認したいことでもあるのだろうか。鬼神なんて呼ばれてはいるがイノリも一介のAGEに過ぎないのだが。
「どうやったら鬼神って呼ばれるくらい強くなれますか? 僕、早く強くなりたくて……」
「どうやったら、って言われても……」
最近、知らないAGE達からよく聞かれる質問である。
どうやったら、と言われても難しい問題だ。灰域種と初めて戦ったときはフィムがいなければ恐らくハウンドは全滅していたし、それ以降も危ない場面は数えきれないくらい存在した。
自分のことを強いと思ったことはないし特別な訓練を積んでいるということもない。戦い慣れたネヴァンやバルバルスが相手であっても今でも戦う度に緊張してしまう。恐怖だってある。
「私は仲間がいるから……私を信じてくれる彼らの為に必死に戦ってる、だけ」
「仲間……ですか」
「そう。……きっと私はAGEとしては恵まれていた」
それ以上の答えは出せない。
強くなりたいと願うのはユウゴやジークの足を引っ張りたくなかったからだったし自分の実力不足が原因で任務を失敗してユウゴ達まで罰を受けるのは耐えられなかった。彼らは優しいから自分が死んだら悲しんでくれるだろうし、だからこそ悲しませたくなくて死なないような立ち回りを身につけた。
クリサンセマムの鬼神。ハウンドのエース。そんな呼ばれ方をしている今でも後ろ向きな理由で強く在ろうとしている。だからきっと、誰かの参考にはならない。
「僕にはまだよく分かりませんけど、案外普通のAGEと変わらないんだなって思うと少し安心しました」
「ええ、きっとあなたも私とは違う方法で強くなれる」
ありがとうございました!と言い残してパタパタと駆けていく少年の背中を見送る。任務開始の時間までまだ猶予はあるが、自分もそろそろ準備をしておいたほうがいいだろうか。
——その前に、だ。
「……ユウゴ、見ていたのでしょう?」
「なんだ、気付いてたのか」
「話してるときに聞こえた足音の特徴がユウゴだったから。ユウゴの気配くらい、分かるつもり」
幼馴染であるユウゴとの付き合いは長い。子供の頃からの歩き方の癖とか、足音の特徴とか、何となく分かるつもりだ。相手が何年も前から知っているユウゴだからこそで、例えばこれがクレアやリカルドだったとしたら足音では判別出来なかったわけだが。
「ねぇ、ユウゴ。私は何も特別なことはしていないのだけど、どうして私のように強くなりたいなんて人が大勢いるのかしら」
「そりゃ、あれだけ目立つ活躍をしたんだから注目されるだろうさ」
鬼神、という二つ名で呼ばれるようになったのは初めてバルムンクを倒した頃だっただろうか。バルムンク討伐の映像が広まって——良くも悪くも注目されるようになってしまった。
本来、灰域種は小型でさえも危険な存在だというから中型以上の灰域種を倒す若いAGEの存在は衝撃的だったのだろう。
「…………目立つのも好きじゃない、けど。私に直接師事を仰ぎたいって人が増えたらユウゴと一緒に過ごす時間が減るかもしれない。それは、嫌」
「……お前はそういうのをどこで覚えてくるんだ」
「どういうこと?」
「まあ、お前の性格上特に何にも考えちゃいないってことくらい分かるが」
深い溜息をついたユウゴに疑問符を浮かべる。
彼が言っている言葉の意味はよくわからないが気にするなと言われ、それ以上追求することはやめた。
「ペニーウォートではずっと同じ牢屋だったから。自由になれたのは嬉しいのだけど……ユウゴが同じ部屋にいないっていうのは今でも変な感じ」
「AGEになってから離れて過ごす時間のほうが短いくらいだったからな。とはいえ、別々の任務とかでもない限りは会おうと思えば会えるだろ?」
「……ええ、そうね」
牢屋の中で使い潰される日々に戻りたいわけではない。あの日々も、ユウゴ達に出会えたことを思えば決して悪いことばかりではなかったけれど。
ペニーウォートでは男女が同室に押し込められていたからクリサンセマムの乗組員の部屋が男女で分かれていることに最初は驚いたものだ。
本来なら特に年頃の男女は別々の部屋で生活するものだとクレアが教えてくれて一応納得したが、今でも部屋にユウゴがいないことにそわそわしてしまうことがある。部屋に戻って無意識にユウゴの姿を探してしまうことも。
「私、やっぱりユウゴがいないと駄目みたい」
任務でも、それ以外でも。
ユウゴの為に死ねないし強く在りたいと思う。それがクリサンセマムの鬼神の強さの原動力となっているのはきっと事実なのだ。
幼馴染だから、家族だから、執着してしまうのか、それ以外の感情を抱いているからなのか、今の自分にはわからないままなのだけれど。