【1】
自分がユウゴを特別視している自覚はあるし、彼に執着している理由が自分の生まれや育ちに起因していることも何となくわかっている。
仮に自分が普通の家庭に生まれて厄災が発生するまでは家族と幸せに暮らしていたら、少しは違ったのかもしれない。——その場合、イノリ・ペニーウォートなどというAGEは存在せず私は私ではなかっただろうけれど。
「イノリ、どうかしたのか?」
「何でも」
この人と出会って、幼馴染として共に過ごした日々が大切だから、自分の過去を後悔しているわけではない。
……彼が、手を差し伸べてくれたのだ。きっとユウゴにとってそれは特別な行為ではなく、近くにいた同年代の子供に挨拶したくらいの、そんな些細なもの。そのちっぽけな行為に私は救われたのだ。
私は本当に、どうしようもなく歪んでいるのだと思う。
「次の任務の話だが……」
私はこの先も、この生き方を変えることは出来ないのだと思う。
——それでもいい、と肯定してくれる人なんていないかもしれないけれど。私を初めて、人間として扱ってくれた。
人間としてはどうにもならないほど壊れている、私のことを。それは少なくとも今まで人として扱われたことがなかった私がユウゴを特別視するのに十分な理由だった。
【2】
「ユウゴが私を必要としてくれているのは分かるのだけど……」
時折、人間として欠陥だらけな自分で本当にいいのだろうか、なんて考えてしまう。求められたらそれだけの成果を出す努力はするし、どれだけ無茶な戦いにも身を投じる覚悟はある。
ユウゴが望むのならユウゴの期待以上の成果をあげられるよう死にものぐるいで頑張ろうと思うし、その生き方も苦痛ではない。
けれども彼の隣に立つ「人間」としては欠陥しかない。ユウゴがそれを気にしないであろうことも、私を欠陥だらけだなんて考えたことすらないであろうことも理解しているつもりではあるけれど。
「…………そんなユウゴだから救われた、かしら」
もしもユウゴが私を欠陥だらけの不良品のように扱う人だったら、きっと私はユウゴにここまで入れ込むこともなかった。
「イノリ」
「ユウゴ。何か、あったの?」
「いや、この後の予定について確認しておこうと……」
わかった、すぐに行くと返事をする。
——大半が孤児であるAGEでは特に珍しいことでもないけれど、私は生きる為に自らの手を汚してきた。大人に命じられるまま、自分の意思を持たない人形のように。
意思も感情もないわけではないけれど、きっとユウゴに必要とされなければ私は生きていけない。
「……こんな私を、幼馴染として頼りにしてくれるのだもの」
ユウゴは随分と変わり者で、だからこそ私は私でいられるのだ。
【3】
あれはAGEになって暫く経った頃だった。
普段拘束され、バケモノのように扱われている私たちAGEの健康状態が良いとは言えない。与えられる僅かな食事にはもしかしたら毒が盛られているかもしれないし、看守の機嫌を損ねて寝ている最中に殺されてしまう可能性もないとは言い切れない。
気の休まらない日々。過度のストレスと栄養失調が原因だろうか。いつものように与えられた食事を口にした私は首を傾げた。おかしい。決して美味しいとは言えない食事だったけれど、今までそんなことはなかった。
——味がわからない。ぽつりとそんな言葉を漏らした私を見たユウゴやジークの顔が今でも忘れられない。
だから彼らに心配をかけないよう体調不良など、体の異変は隠し通そうと決めていたのだが。
「暫くは絶対安静だとさ」
「……これくらい、大したことない」
「お前なぁ……」
確かに朝から具合は悪かった。最近は灰域種との戦いも増え、疲労が溜まっているという自覚はあった。それでもこれくらい、大丈夫だと思ったのだ。
……まさかイルダやユウゴと次の仕事の話をしている最中に意識が朦朧として、倒れそうになるとは思わなかったけれど。
何となく異変には気付いていたらしいユウゴに引きずられて部屋のベッドで寝かされて今に至る。
「…………迷惑かけて、ごめんなさい」
いつだってそうだ。食べ物の味が分からなくなった頃、任務などでも必要以上に気にかけてくれた。
ユウゴが心配してくれるのは嬉しくもあるけれど、彼の心配そうな顔がどうにも苦手だった。私にとって光そのものである彼に、自分のせいでそんな顔をさせているという事実が耐えられない。
「そうじゃないだろ」
「そう、ね……ユウゴはそういう人だもの。……ありがとう」
無理をして倒れては本末転倒だと頭では理解しているけれど、役に立てないことがどうしようもなく怖い。だから余計に、無理をしてしまう自覚はある。
【4】
彼は私を道具として扱わない。……人間であればそれが普通なのかもしれないけれど少なくとも私を人として尊重する相手に初めて出会った。
生まれてすぐに捨てられた私たちは、それ以来使い潰される道具でしかなかったし、死にたくはないけれど道具扱い自体には何の疑問もなかったのに。
「……ユウゴのせい、だから」
「は?」
「私を人間にした責任、取ってほしい」
「責任って」
過去の自分がどうやって生きてきたのか、もうあまり思い出せない。人間らしく生きる方法もよくわからない。ユウゴが私の手を握っていてくれなければ、歩くことすらままならない赤子のよう。
誰かに手を引いてもらわねば生きる方法すら分からない私はやっぱり人間として不完全なのかもしれない。——ユウゴには、きっと理解されないけれど。私にとってユウゴは私を導いてくれる、神様にも等しい存在。
【5】
「ユウゴは私のことを頼りにしてくれているけど……」
いつも思うのだ。私はこの人の期待に応えられているのだろうかと。
気付かぬうちに大きなミスをして幻滅されていないだろうか。——否、ユウゴがそんなことで仲間に対して幻滅するような性格ではないことは知っている。
幻滅されるのでは、なんて考えてしまうのは私が今までそういう風に幻滅されて切り捨てられるかもしれない恐怖を抱いたまま生きてきたからに他ならない。
ユウゴの望んだ通りのことが出来なければいつかきっと捨てられてしまう。なんて、我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。ユウゴはそんなことをするタイプではないと頭では理解しているのに。
「ねぇユウゴ。……私はちゃんと、ユウゴの役に立ててる?」
「どうしたんだ突然」
「……何となく聞いてみただけ、だけど」
ああでもユウゴから直接聞くのも少し怖い。私は随分と臆病になってしまった気がする。それもこれも全てユウゴのせい。
【6】
きっとお互いに出会った当初から信頼しあっていたわけではない。……否、まだ幼かったイノリ・ペニーウォートにとって身内以外で初めてまともに会話をした同世代だったし彼の存在は最初から大きなものではあった。
それでも、まだ全てを捧げて彼の望む通りに生きようなどとは考えたこともなかった。
「ユウゴ……」
「看守になにか言われたのか?」
「それは違う、けど……でもあの人がじろじろ見てくるから、落ち着かなくて。……その、ユウゴに手を握っていてほしい」
牢屋を見張っている看守の視線がどうも苦手だった。あれを得意だなんて人もあまりいないだろうけれど。AGEになる以前は見ないふりをされてきた。
見窄らしい子供、関わって余計なトラブルに巻き込まれたくはないと存在しないかのように扱われてきた。
けれどもこの場所では常に監視されている。それがどうしようもなく不安だった。
「そんなことでいいのか?」
「そういうことがいい」
姉という枠組みに押し込められた——本人はそんなこと思ってもいないけれど、とにかく姉という役割を全うしなければという意識を植え付けられたイノリにとって誰かに甘えるなどという経験は殆どない。
ユウゴにだって手を握ってほしい、という単純な願いを口にすることを一瞬躊躇ってしまう程度には。
「ユウゴが同じ部屋でよかった」
あの頃はそれだけが救いだった。
【7】
「私、ユウゴのこと好きよ」
それは子供の頃から当たり前に抱いていた感情。
AGEになって、これからどうなるのだろうと不安に押しつぶされそうだった私の手を握ってくれた。きっと本当はユウゴも不安だし怖かった筈だ。
それでも私を安心させようと私の前では笑っていたユウゴのことが好きだった。
「突然どうした」
「突然、かしら?」
「どう考えてもそんな話の流れじゃなかっただろ」
幼馴染から好きだと言われることが嫌なわけではないが、とユウゴは苦笑する。
私はずっと昔からユウゴのことが好きだったし、これから先もこの気持ちが揺らぐことはないと思う。この感情は私という人間を構成する大きな要素。
「……きちんと伝えないと伝わらない、って思ったから」
ユウゴが好きだという気持ちを言葉にしたことはなかったなぁ、なんて。唐突なのかもしれないけれど、そんなことを思ったら、きちんと伝えてみたくなったのだ。