深夜、目を覚ましたイカルガは深く息を吐いた。
 ——結婚してから悪夢を見ることはなかったが、久々に嫌な夢を見た。大切な人を失う、割とありがちな悪夢である。
 都にいた頃は頻繁に、というほどでもないが時折そんな夢を見ることがあった。まだ幼かった頃の自分の愚かさが師匠の死を招く、過去の記憶の再現。
 現実で起こったこととの差異はあれども師匠は必ず命を落とし、夢の中の自分は絶対にそれを助けることが出来ない。子供の頃は夢と現実の区別がつかず、目覚めて混乱することもあったような。

「……イカルガさん?」

 隣の布団ですやすやと寝息を立てていた筈のカグヤに名前を呼ばれ、イカルガは意識を引き戻される。

「すみません、起こしてしまいましたか?」
「……何かありました?」
「いえ、大したことでは……ただ少し夢見が悪くて」

 本当に大したことではないがカグヤに伝えれば必要以上に気に病む可能性だってある。深夜に心配をかけるのは本意ではないし適当に誤魔化すべきかと迷ったイカルガだが、彼女の目を誤魔化せる気はしないと思い直して素直にそう告げる。
 本心を隠すことは比較的得意分野だった。幕府では心の内を悟られることは致命的な弱点になり得るし、若くして天文司郎となったイカルガのことをよく思わない人もいて、そういう人が日々弱味を握ろうと狙っていた。
 それがどうにもカグヤの前では上手く心を隠せない。カグヤは「好きな人のことですから分かります」なんてニコニコと笑ってばかりだ。

「……まあ、師匠の件があってから時々そういう夢を見ることはあったので慣れてはいるのですが」

 先程まで見ていたものが夢であると気付けないほど子供でもないし、と付け加える。

「あなたを……」
「私を?」
「カグヤを失う夢を、見たのです」

 師匠を失う夢は何度も見てきたし、ある程度その死を乗り越えられたのか最近では魘されることもなくなっていたが最愛の人を失う夢を見たのは初めてだった。
 現実で起こったわけでもないし、この先そんな展開を招くつもりもない。所詮は夢だと理解していても嫌な汗が噴き出すような、そんな夢。
 目を覚ましたときにはもうその夢の輪郭はぼやけて細部まで思い出せなくなってしまっていたが、思わず隣で眠るカグヤの姿を確認して安堵してしまった。

「私はイカルガさんを置いてどこにも行きませんよ」
「ええ、分かっています……所詮はなんてことない夢だと」

 一緒に生きたいと願って結婚した相手だ。置いていかれることがあるとすれば自分がカグヤに取り返しのつかないことをしてしまい失望された、などの理由だろうかとイカルガは思案し苦笑する。
 ……正直、あまり想像したくない未来ではある。
 柔らかな笑みを浮かべたカグヤはそのままイカルガの手を絡め取った。師匠が亡くなってからカグヤと恋仲になるまで誰かと触れ合うことなんてなかったと言っていい。だからこそ、今でも彼女の唐突な行動には戸惑うことがある。

「イカルガさんが安心できるまで、こうしておきますね」
「もしかして幼い子供だと思われてますか?」
「いいえ、世界で一番素敵な旦那様だと思ってます」
「そ、そうですか……」

 カグヤのストレートな言葉に頬がじわじわと熱を持つ。この人にだけは一生敵いそうにない。