——好きです、とスバルから告げられたときその言葉の意味を友愛であると解釈した。
 恋情を孕んだものであると本人から説明されたときでさえ自分には無縁のものだと思っていたその感情の意味を理解するのに時間がかかってしまった、ような気がする。
 故郷をカムロサキに滅ぼされてからこれまで、恋というものを経験する余裕なんてない日々だった。
 恋愛を描いた書物の中には愛らしい姫君が王子様に見初められて結婚に至るような物語もあったけれど、生憎自分は愛らしい姫君などではない。剣を握り、人から何かを奪い、奪い返されて、そうすることでしか生きる術を知らなかった愚かな皇女だ。
 そもそも、スバルと自分は殺し合った間柄だった筈だ。アズマの神々を滅ぼし、敵対するアースマイトを殺し、そうして自分たちの居場所を作ろうとしていた。紆余曲折を経て友と呼べるような関係になれただけでも奇跡的なことだと思う。
 そんな自分に、恋など。正直に言えば彼に嫌われても仕方ないようなことをしてきた自覚はあるが好意を持たれるようなことをした覚えはない。罰を与えてほしくてみっともない姿を見せた記憶もある。
 クラリスは小さく息を吐く。彼が向けている恋慕の情も、自分の中に芽生えた感情も、よくわからない。



 今思えば自分はクラリスに一目惚れをしたのだろう、とスバルは結論づけた。
 初めて会ったのは冬地域。冬の神、フブキタケルノミコトを顕現させる為の手がかりを求めていた頃のこと。アズマの国ではあまり見かけない金色の髪——尤もスバルの周りには金髪の人が案外多いのだが——に黒の洋装を纏ったその姿は殺風景な場所でよく目立った。
 少なくとも一般的なアズマの人ではないというのは一目で分かる風貌。この人が冬の神なのでは、とモコロンと二人で勘違いしかけたほど。
 弱ったモコモコを前に困っている様子だったから神器で回復させた。あの時は名前すら聞かないまま別れてしまったが、きっと優しい人なのだろうと短いやりとりの中で確信した。
 アズマの神を殺そうとしていることを知り、何故そのようなことをするのか、モコモコに対して見せていた優しさが偽りだったとも思えず彼女のことを知りたいと思った。知って、救いたいと願ったことは今でも鮮明に思い出せる。
 切り結んだ関係ではあったがその太刀筋さえも美しい、なんて思ってしまったのだから重症だ。

「クラリスさんに告白しようと思うんだけど」
「告白!?」
「そこ、驚くところじゃないと思うけど」
「いや、お前もそういうことを考える年頃だとは思ってたけど相手があのクラリスだって聞けば誰だって驚くだろ!?」

 だってお前たちは敵対していたじゃないかと言い放つモコロンにスバルは思わず苦笑する。
 それはそうだ。今のクラリスが贖罪の為に生きていて、己の罪と向き合っていることは四季の里に住まう人々の大半が理解している。彼女が突然神々に牙を剥くようなことは二度とない、とも。
 モコロンもクラリスのことを信用していないわけではない。会うと目を輝かせて撫で回そうとするクラリスに対して個人的に苦手意識はあるようだが、少なくとも敵だとは思っていないだろう。
 とはいえ、クラリスを恋愛対象として好きになる理由がないだろうと言われてしまえば否定しにくい。恋をするには自分たちは数奇な運命を辿っているとすら思う。

「一目惚れだったんだ」
「一目惚れ〜〜〜!?!?」

 故郷を出るまでは身近な同世代が幼馴染のカグヤくらいだったし、彼女は許嫁とはいえ物心ついた頃からどちらかと言うと兄妹のように育ってきたからこれまで初めて会ったその瞬間に恋に落ちるような経験をしたことはなかったが、当然ながら自分が誰かに一目惚れすることだってある。

「オイラ、いつかお前に好きな奴が出来たら全力で応援するつもりだったけど……クラリスかぁ……」
「モコロンはオレがクラリスさんに告白するのは反対?」
「いやそれはオイラが口出し出来ることじゃないと思うぞ。クラリスもまあ、案外いい奴だとは思うし」
「へぇ、モコロンがクラリスさんのことそういう風に言うなんて意外だな」
「ちょっと……いや、かなり変な奴ではあるけどオイラだってクラリスのことそれなりに見てきたからな。何よりお前の人を見る目はオイラも信用してる」

 変な奴というモコロンの評価に関しては、言い返せない部分もあるがモコロンが個人的に苦手としている自分の感情とは分けてクラリスのことをそのように見ていたことは知らなかった。
 相棒からそんな風に言われるのは照れ臭くもあるが、とても嬉しい。

「告白するんだったらタイミングはきちんと考えるんだぞ。こういうのは雰囲気が大事なんだからな!」
「わかってるよ、モコロン。ありがとう」

 モコロンとそんな会話をしたのが一週間ほど前の話。
 告白すると決めたのはいいがどのように切り出すか、場所やシチュエーションにはこだわるべきなのか、そんなことをぐるぐると考えているうちに一週間経ってしまったというべきか。
 結局、居酒屋でクラリスから夕飯に誘われた日の帰り。もう日が暮れているからとクラリスを冬の里まで送り、別れ際に伝えた。雰囲気なんてあったものではなかったが、ここで伝えなければタイミングを逃してしまいそうな気がしたのだ。
 恐らくクラリスは自分のことを恋愛対象として意識したことさえないだろう、とスバルは思っている。あなたのことをそういう対象として見られない、とその場で呆気なく振られる可能性も想定しているし、玉砕する覚悟で告げたと言ってもいい。
 だから暫く考えさせてほしいと言われてほんの僅かにでも考えてくれる程度には可能性があることに驚いたのだ。
 なお、先に竜神社に戻っていたモコロンは後からスバルの話を聞いて呆れ返っていた。



 スバルと一緒にいると胸の奥がじんわりと温かくなる。未知の感覚ではあったけれども決して不快ではない。もしかしたらこの感覚こそが恋と呼べるものなのかもしれない。
 今までそのようなことを意識したことはなかったがスバルと一緒に過ごす時間は心地よいものではあったし、もっと一緒にいたいとも思う。彼にとって迷惑ではあるかもしれないけれど万が一自分がまた間違えてしまいそうになったらその時は止めてほしい。
 少なくとも自分はスバルのことを特別に感じている。冬の神フブキや狩人のピリカのように自分のことを気にかけてくれる人は大勢いて彼らに対して恩を感じているけれど、それとはまた違う感情だ。
 ——そうしてクラリスはスバルの特別な相手になる道を選択した。


「クラリスさんは次のデートで行きたい場所とかありますか?」
「いえ、すみません、まだこの辺りの地理に疎くて……。以前ワタラセさんから釣りデートをおすすめされたことはあるのですが」

 尤も、ワタラセであれば恋人同士の逢瀬でなくとも真っ先に釣りを勧めてきそうではあるのだが。

「そういうスバルさんは良いデートスポットをご存知なのですか?」
「良いデートスポット……かどうかは分かりませんが秘湯ならいくつか……。釣りデートをするなら良い釣り場を知っていますし、クラリスさんさえ嫌じゃなければ二人で夏の里の海に行くのも悪くないかな、と」
「……スバルさん、案外こういうことに慣れていたりするのですか? 過去にお付き合いしていた女性がいるとか」
「まさか! オレにとってはクラリスさんが初めての恋人ですよ」

 大人たちが勝手に決めた許嫁はいても、自分の意思で誰かを好きになり告白をしたのはクラリスが初めてだとスバルは記憶を辿る。
 カグヤと一緒に遊ぶことはあったが山を駆けたり落ちているきのみを集めたり、色気とは程遠い思い出ばかりだ。二人で無邪気な悪戯をして、故郷の大人からひどく叱られたこともある。

「まあ、好きな人とのデートで失敗したくないので色々と調べたりはしますけど」
「す、好きな人……ですか」
「オレはいつまでもクラリスさんにとって頼りになる恋人でいたいですから」
「あなたはまたそのようなことを恥ずかしげもなく……!」

 実際、スバルは頼りになる恋人ではある。デートのときもクラリスの希望を汲んで行き先を決めてくれるし、二人で食事をするときもクラリスの好みを把握した上で店を選んでいる。
 一緒に鍛錬がしたい、という女性らしさのかけらもない要望にも嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。夕方まで無心に剣を交える時間は恋人同士の、甘やかな空気を孕んだ逢瀬らしくはないかもしれないが、自分たちらしさを感じて嫌いではない。

「もし過去に付き合っていた恋人がいたとして、クラリスさんがそのことを気にしてくれるのならオレは嬉しいですけどね」
「……う、嬉しいのですか? 過去を詮索されて不快だとか昔の恋人にまで嫉妬するなんて心が狭いだとか、そんな風に感じることは」
「ないですね。クラリスさんがそれだけオレのことを想ってくれている証拠ですし。そういうところもかわいいな、とは思いますけど」
「かわ…………っ!?」

 耳の先まで朱に染め上げてパクパクと口を動かすクラリスだが残念ながら言葉になっていない。恋愛に不慣れなクラリスはスバルの一挙手一投足にコロコロと表情を変える。
 戦闘中の凛々しい姿からは想像も出来ないが、そういうところも可愛くて好きだ——なんて言ったら今度こそ声を荒らげて猛反発してきそうだなとスバルは胸の内に留めることにした。恋人の前でしか見せない顔だと思うと優越感のようなものもある。
 ……モコロンがいればこの空気に耐えかねて茶々を入れてきそうなものだが空気を読んだスバルの相棒は朝から出かけていて不在だ。少なくとも夕飯の時間までは戻ってこないだろう。

「……スバルさんは私のどこがそんなにす、好きなのですか。あなたの周りには魅力的な方がたくさんいるでしょうに」
「戦っている姿はカッコいいと思いますし、好きなものに囲まれているときの幸せそうな顔はとても可愛いです。優しい人だというのは初めて会ったときから感じていましたし少し危ういところもありますけどそういう部分はオレが支えたいなとも思っています。それから……」
「も、もういい! どうしてそう次から次へと聞いているほうが恥ずかしくなるような台詞を何の躊躇いもなく言えるんだ……」
「すべて本心なので」
「〜〜〜〜ッ」

 見ているほうが可哀想になるくらい赤くなったクラリスもまた愛らしいな、なんて決して口にはしないけれど。
 敵同士だった頃も今も変わらずに——否、日に日に魅力が増して見えているのだから、重症だ。

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