——ある日を境に、最愛の人はアズマの国の尊き神となった。
何があったのか詳しいことは聞いていない。気にならないわけではなかったが本人もどのように説明すればよいのか分からない様子だったので深く聞くのはやめた。
ただ終わりの森へ向かったカグヤが里へ戻ってきたときにはもう人ではなくなっていた。彼女が人ではない何かになってしまったことはひと目で分かってしまって自分でも形容しがたい感情が渦を巻いていたことを今でも覚えている。
幼馴染だったカグヤと結婚して数年。子供にも恵まれ、家族で平穏な日々を過ごすのだろうと信じて疑わなかった。
否、彼女は大地の舞手として人々から頼られる存在なのだから戦いとは無縁の日々というわけにはいかなかったが、それでも結婚してからは何でもかんでも一人で抱え込み飛び出していくようなことは減っていた気がする。
ずっと昔、自分たちを取り巻く世界が故郷だけだった頃。お互い以外に同世代の子供なんて殆どいなくて、大人たちから色々と期待されていた。自分たちが許婚だったのも若者が殆どいない寒村でいつか子を産み育てることを求められているからだろう、と幼いながらにうっすら理解していた。
そんな大人たちの思惑とは関係なくカグヤのことを好きになって、でも故郷を出た時点でもうこの恋が報われることはないだろうと気持ちに蓋をして。それが今では家族になっているのだからまるで都合のいい夢を見ているよう。
カグヤが終わりの森へ向かうとき、何となくではあるが戻ってきたときは今までとは決定的に変わる予感があった。まさか神になるとは想像もしていなかったけれども。
何かあって二度と戻ってこない、なんて最悪の展開にならなかったことは良い。無事に戻ってきてくれたことは嬉しい。神になってしまったことに対して思うところがないわけでもないがカグヤの選択なのだから尊重したいという気持ちも大きい。ただ、人間として生を受け、これから先も当たり前に人間として生きていく自分には神として生きる苦悩は一生理解できないであろうことは少し悲しい。
「スバル、考え事ですか?」
「大したことじゃないよ。……ただ、これからのオレたちについて考えてた」
「これから?」
一瞬躊躇ったのち、そんなに大袈裟なものでもないけど、と前置きしてから言葉を続ける。
「……カグヤはオレがいなくなってからも生きていくことになるだろう? やっぱり置いていくことになるのは心苦しいな、と思って」
「スバル……」
「キミの決断を悪いとは思ってないし、カグヤが無事に戻ってきてくれただけで十分すぎるくらいではあるけど」
数百年、或いはそれ以上。今生きている人の殆どがこの世を去ったあとも変わらない姿のままアズマの国を見守り続けることになる。
それが彼女にとって救いになるのか、何らかの苦しみを伴うことになるのかは分からない。カグヤであれば今の時代を生きている人々の子や孫、もっと先の時代に生まれる子孫とも仲良くなってしまうのだろうし孤独ではないのかもしれないけれど。
「正直この選択をしたこと、スバルに怒られるんじゃないかと思ってました」
「どうして?」
「家族が人ではないモノになってしまう、なんて普通は抵抗がある気がして。それが人に仇なす魔物ではなく人を見守る神様であったとしても」
「オレはキミが後悔しない選択を出来たならそれが一番だと思ってる」
そんな本心を口にすればカグヤは困ったような顔をする。
元々頑固なところのある幼馴染だ。自分が嫌だと言ったところで本人にとってそれが最善な選択だという確信があるのなら簡単に譲る気はないだろうに。……なんて、あまり人のことは言えないのだけれど。
もしも自分が大地の舞手で、カグヤが黒竜の乗り手であったなら。アズマの国の為に神になるか否かの選択を迫られるようなことがあれば——それはもう随分と悩むだろうけれど、やはり今のカグヤと同じ選択をする可能性はあるだろう。その選択に悔いはない筈だし、きっとカグヤも同じように自分の決断を尊重してくれると信じている。
「二度と会えないとなれば話は別だけど、キミは今もちゃんと隣にいてくれる」
「流石にスバルに会えなくなるのならこんな選択はしません。これでも悩んだんですよ、私だって」
「分かってるよ。オレがキミの立場だったとしても同じように悩んで同じ選択をする可能性はあるだろうから」
夫婦となるよりもずっと前から一緒に過ごしてきたのだ。
別々の命である以上、完全に理解しているとまでは言えないがお互いの性格も癖も何となくわかってしまうしこういう状況でどういう思考をしているのか予想することくらいは出来る。
「スバルから離れる気はないですよ。私がいなくなったらきっと寂しがるでしょうし、私だって寂しいです」
それだけ言葉を紡いで微笑するカグヤはおとぎ話に出てくる女神のようであった。
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