「キミ、この辺りでは見かけない顔だね。別の地方からの旅人かい?」
「……まあ、そんなところだ。故郷とは違う文化を学びたいと思ってね」
「なかなか珍しい理由だね。キミの名前を聞いてもいいかな」
「——オオルリ、と。そう呼んでほしい」
青年は一瞬思案し、笑みを崩さぬままオオルリと名乗る。無論、本名などではない。適当に思いついただけの、青年にとっては何の意味も価値もない単語である。
——本当の名は十五のときに捨ててしまった。覚えていないわけではないが今となってはかつての名前に執着もないし一度捨てた名を拾うつもりもない。これから先、オオルリという名前で生きていくのかそれともまた違う名前を使うことになるのかまでは考えていないけれども。
青年はヒスイの地から遠く離れた場所で生まれ、幼い頃から兵器のような存在として育てられた。
当時、故郷を脅かしていた外敵を排除する為には優秀な指揮官が必要だったし戦闘能力の高い駒も必要だった。そのどちらも兼ね備えた優秀な子供を育てる、という大人たちの目論見でオオルリは虐待に近い訓練を受けることになった。
そして完成した高い戦闘力を兼ね備えた指揮官は、たった一度の大きなミスで故郷を追放されることになる。七年も前の、オオルリにとっては苦い記憶だ。
正直に言えばオオルリに故郷の幸福な記憶は皆無である。望まぬまま厳しい訓練を受けることになり、何度も鞭で打たれた。そのような記憶を嫌でも引き摺り出される故郷の話は出来ればあまりしたくない。
「それより、手持ちの薬が尽きそうなんだ。商人にはどこへ行けば会えるだろうか」
「薬ならヒスイには良い薬売りがいるよ。とはいえ彼は旅の商人で今どこへいるやら……」
「旅商人か……。この厳しい土地で旅をしながら商売をしているというのは興味深いが」
「ああ、そうだ。この先に小さな集落があるんだけど、そこに滞在しているシラサギという男が情報通だった。彼ならば件の旅商人や他の商人のことも何か知っていると思う」
シラサギ。聞いたことのない名だ。情報屋だろうか。情報を扱う人物が正しい情報を売ってくれるとは限らないし法外な金銭を要求される可能性もないとは言い切れないのが厄介だが、まあ最悪実力行使で何とかなるだろうかと思い直す。
……出来ることならば平和的に解決したいものだが。
「良い薬売り……ヤブサメという名の男だけど、彼は旅をしているだけあってヒスイの土地についても詳しいし、旅を続けるのならどちらにせよいつか一度は会っておくべきだよ。キミの役に立つことを色々と知っているだろうからね」
「なるほど覚えておく」
暫くはヒスイ地方を旅して回る予定だが、オオルリはもうこの場所に骨を埋めると決めていた。
故郷には帰れないし、資金に余裕はないから他の土地まで行くのも難しい。それにヒスイに来て間もないがオオルリは割とこの場所を気に入っている。
腕のいい医者や薬師はこの土地に永住するにしても旅をして回るにしても知っておきたい情報だ。まず彼に与えられた情報が信用に足るものなのかはまだ分からないけれどそれは自らの目で確認すればいい。
オオルリは小さく会釈して歩き出す。この旅の果てに自身の命の意味があると信じて。