「リムネーを拾った日のこと、わたしが忘れているとでも?」
「……スモアさまは私よりもずっと長く現世を生きておられる方です。私との出会いなど、あなたにとっては印象に残るほど大きな出来事ではないのでは、と」
今から二十年ほど前のことだ。
親からも気味悪がられていたリムネーは訳もわからないまま箱に詰められ、船で遠くへと流された。辿り着いたのは知らない土地で、子供がたった一人で生きていける筈もない。自分はここで死んでしまうのだろうと漠然と思っていたリムネーに手を差し伸べたのがスモアだった。
あれはリムネーの中では人生で一番特別な日だったと断言できる。
だが、スモアは数百年を生きる存在で、もっと大きな経験を何度もしていてあの日のことなど忘れていてもおかしくないと思ってしまう。
「お前にとっては随分と昔のことなのでしょうけれど、わたしにとってはつい先日の感覚よ。それに、わたしはお前を気に入っているの。お気に入りとの出会いを忘れるものですか」
「……スモアさまにそのように仰っていただけるのは嬉しいのですが」
「なあに、まだ何か不満?」
「いえ、不満というわけでは……。ただ、あの頃の私は何の役にも立たない子供でした。スモアさまが気にかけてくださるほどの価値はなかった筈です」
掃除も洗濯ももちろん料理だって今までしたことなかった子供を使用人として雇うなど、何のメリットもないだろう。
最初の頃は他の使用人の仕事を見て学び、完璧とは程遠いながらも何とか形になるまでに数年。そこから使用人を教育している機関で更に技術を磨き、漸く使用人としてまともに仕事をこなせるようになった頃には十年が経過していた。
スモアにとっては十年なんて短い時間なのかもしれないけれど、最初から仕事が出来る使用人を雇ったほうが都合はいい筈だった。
「お前にそれだけの価値があるかどうかはわたしが決めます。それに、行き場のない子供を無視するなどわたしの名誉にも傷をつける愚かな行為でしょう」
「では、私に帰れる場所が存在したとすれば」
「その場合、お前は迷子なのかしらね。お前にはわたしが迷子を放っておくほど薄情な女に見えるのですか」
「……滅相もございません」
——自分よりも遥かに長い時間を生きていて、自分が死んでしまってからも今と変わらない姿で生き続けるであろうこの人は、だからこそ自分よりも弱い立場の者には優しいのだと知っている。
そんな彼女に立場も弁えずに恋をしている自分には呆れかえるばかりだ。
リムネー、といつもと変わらぬ声で名前を呼ぶ彼女の一歩後ろで、生涯彼女の使用人であることを許されるのならそれでいい。