輝く星々の輪舞

「こっちに同じような風習があるのかは分からないけど、私の時代にはその年の苦労を忘れるために家族や友達、仕事仲間で集まってお酒を飲んだりご飯を食べたりする風習があったのよ」

 アリアの言葉にアインはなるほど、と小さく漏らす。
 事の発端は数日前。久しぶりにみんなで集まってご飯でも食べないか、と思いついたアインがパートナーであるハイネにそのことを提案したことから始まる。
 ハイネは反対する理由もないし自分としても久々に大勢での食事も悪くない——ということで遠見の丘の自宅では全員を招くには少々手狭ではあるし、広い場所の確保と全員の予定の確認の為にあちこちを飛び回ることになった。
 場所はシャトラの酒場を少しの間なら貸切にしてもいい、と言ってくれたマスターの言葉に甘えさせてもらって参加メンバーの予定も擦り合わせて。ディアンサスなんかは自分がアベルの住む街へ堂々と入るのは騒動になるのではと危惧していたが、決して参加することに抵抗があったわけではないようなのでひと気の少ない道を選べば問題は少ないだろう。本当は自分が魔族への偏見や差別意識を変えることが出来れば一番いいのだが、人間に根付いた意識がすぐに変わらないのは仕方ないことだ。
 そうして最後になってしまったアリアも今までと同じように食事会に誘ったときにアリアがふと思い出したように語ったのが冒頭の言葉である。

「こっちはつい最近まで季節の変わり目は死季でそれどころじゃなかっただろうし、そういう文化はないんじゃないかな」
「まあ、そうね。もしかしたら死季が発生する前は似たような風習もあったかもしれないけど」
「ところでアリアはお酒を飲んだことないって言ってたことあると思うけど、その風習に参加したことあるの?」
「研究仲間と一緒に少しだけね。お酒が飲めない人にはジュースなんかを用意して夜遅くまで騒ぐのよ」

 尤も、平和が失われていってからはそんなことをする余裕もなくなったけれど、なんてアリアは寂しげに笑う。

「そんな話はともかく、せっかくアインが誘ってくれたんだもの。参加しないと損よね」
「じゃあ、アリアも来るってことで準備しておくね。日時は改めて連絡するから」

 平和になって以降、全員で集まることなど殆どなかったから楽しみだ。



「今日は誘ってくれてありがとう」

 食事会の当日。全員が集まって各々食事を楽しんでいると、先程まで酒を飲んでいたイスティナがアインに近い席へと移動してふわりと微笑む。
 アリアはハイネと小難しい話で盛り上がっているし、エモは歌いたくなってきたからといつものように舞台に上がり綺麗な歌声を披露している。アジールはシャトラの魚料理に夢中だし、ブラッカはシュリカから何か小言でも言われているのか眉間に皺を寄せて複雑そうな顔をしていた。
 人間のような食事の必要がないディアンサスは楽しめているだろうかとちらりと視線を向けたが壁際でこの喧騒を感慨深そうに——と言っても全身鎧のような姿で表情を窺い知ることは出来ないけれど——見つめていたのでひとまず安心する。

「イスティナ、お酒とか飲むんだ」
「普段は飲まないようにしてるんだけどね。ほら、酔った姿なんて子どもたちに見せられないし孤児院の先生からお酒の臭いがするなんてよくないでしょ?」
「確かにあんまり健全ではないかも……」

 イスティナの酔った姿はあまり想像出来ないけれど、酔って仕事に影響が出るのは誰だって避けたいだろう。孤児院の先生という、命を預かる仕事なら尚更だ。
 彼女がそのような人間とは思えないが記憶がなくなるまで飲んで酔って暴力を振るってしまうようなこともあると聞いたことがある。

「シュリカはお酒とか飲むの?」

 イスティナが近くにいたシュリカに話を振る。
 先程までブラッカと一緒だった筈だがいつのまにかブラッカと別れ、一人でサラダを食べていたシュリカは首を傾げた。
 ブラッカは外の空気を吸いたくなったのか、店から出て行く黒い背中が一瞬だけ見えた。

「私もあまり飲まないけど、巡礼師としていろんなところに行く機会があるからお酒を使った料理を食べる機会はそれなりにあるかな」

 季石教団の教えなのか本人の好みの問題なのかは分からないけれど、まあ確かに酔っ払いの巡礼師なんていたら大問題だと納得する。
 酒を使った料理というとどんなものがあるのだろうか。アインが普段よく作っている料理には酒を使うようなものはないし、自分が知らないレシピか意外な料理の隠し味かもしれない。

「アインはお酒とか飲まなさそうね」
「確かに、アインがお酒を飲むところはあまり想像出来ないかも」

 シュリカとイスティナの言葉にアインは苦笑する。
 酒を普段から飲むのかと言われたら答えはノーだ。特に死季の日に目覚めたあの瞬間から今まで、アインが酒を飲んだ回数など数える程度でしかない。
 単に酔ってしまった場合に翌朝の作業に差し支えそうだからという理由が大きく、シュリカやイスティナと似たような事情ではあるけれど。

「でも、ハイネはお酒を飲むんでしょう? 一緒に飲んだりすることはないの?」

 パートナー関係にある大人同士なのだから二人で食事をしながら楽しく酒を飲むようなことくらいあるのではないか、と言いたいらしい。
 ハイネと暮らし始めてからの記憶を辿る。彼と食事をすることは多い……というよりお互いの都合がつかないときを除いて常に一緒に食事しているくらいだが、そういえば自分の前で彼が酒を飲んでいるところは見たことがないかもしれない。
 ……ハイネと一緒なら少しくらいお酒を飲むのも悪くないとは思っているのだけれど。

「ハイネ、自分と一緒にいるときはお酒飲まないから」
「そうなの?」

 ネメアやシャトラ、アルジェーンで食事をする機会もあるがやはり彼が飲酒している姿は記憶にない。
 根が真面目だから見境なく酒を飲んで酔い潰れるということも——嗚呼でも一度記憶がなくなるまで飲んで酔って酒場で機嫌良く歌っていたことがあるとは言っていたっけ。

「ハイネのことだし、合わせてくれてるのかも。自分だけ飲むのも悪いと思ってるとか」
「なるほどね」

 イスティナは納得したように呟き、アリアと話し込んでいるハイネのほうに視線を投げ、つられてアインも視線を移す。
 酒を飲んだことないというアリアはともかく、ハイネのグラスに注がれているのも酒とは違う飲み物だった。確かアリアの時代にも似たような飲み物があって、そちらでは炭酸飲料と呼ばれている飲み物の一種だっただろうか。
 ハイネの発明の過程で生まれたしゅわしゅわする飲み物だとか。好みが分かれる味だと聞いたことはあるが生憎アインが口にしたことはない。
 此方の視線に気付いたのか、ハイネは小さく笑みを浮かべた。

「エモとアジールは……多分お酒とか飲まないよね」

 彼らの年齢は聞いたことがない——仲間の年齢なんて殆ど気にしたことがないし今まで知らなくても困ることはなかったからエモとアジールに限らず此処にいるほぼ全員がお互いの年齢を知らない——けれど、そもそも酒を飲めない年齢である可能性も否定できない。
 現に彼らのグラスの中の飲み物も水やジュースである。酒は喉に良くないとも聞くし歌姫であるエモは年齢的には大丈夫でも飲まないかもしれないけれど。

「孤児院にいた頃からアジールは真面目な子だったし、まあ積極的には飲まないでしょうね」
「僕が何ですか?」
「アジール?」

 魚料理を完食したらしいアジールに後ろから声をかけられて一瞬ぴくりと肩を揺らす。
 アジールは急に声をかけてすみません、と小さく謝罪してから改めて何の話をしていたのかと問うた。

「みんなで集まってお酒とか飲むことってなかったでしょ。だからみんなは普段からお酒とか飲むのかなぁって、大したことない話だけどね」
「ああ、なるほど。でしたら僕は飲んだことないですね」
「やっぱり」
「わたしも飲まないです」

 どうやら一曲歌い終えたらしいエモがグラスの水で喉を潤してから口を開く。
 冷静になって考えると誰もが憧れる歌姫の美しい歌声を貸切にした酒場で堪能出来るのは随分と贅沢な気がする。

「前に飲んでみたいっていったことあるんですけど……」
「マスターに止められそう」
「どうしてわかったんですか?」

 どうしても何も、この店のマスターが大事な歌姫に悪影響を与えるかもしれないものを飲ませるとは思えない。
 エモが酒を飲めない年齢だとしたら尚更だ。そもそも、セイレーン族は酒を飲むような習慣があるのだろうか。

「それよりエモもアジールもケーキ食べない? 確か甘いもの好きだって前に言ってたよね」
「わあ、ありがとうございますアイン」
「お言葉に甘えて僕もいただきます」
「はい、どうぞ」

 皿にのせたケーキを二人の前にそっと差し出す。
 たっぷりのクリームとにこイチゴを使ったかわいらしいケーキだ。今回の食事会は場所こそマスターに借りているが、料理の大半はアインが自分で用意したものだった。
 一人で用意するのは大変だし、困ったときには同居人であるハイネや他の仲間たちに助けてもらったりもしたけれど、自分が提案したことだからみんなに喜んでもらいたいと作っていた。
 食材もその殆どはアインが普段育てている野菜や果物、釣ってきたばかりの新鮮な魚などが使われている。

「アインって相変わらず料理上手よね」
「冒険のときにはよく手料理を持ってきてくれるものね。あれ、密かに楽しみにしているのよ」

 シュリカとイスティナの言葉に苦笑する。
 遠見の丘で生活するようになってから最初のうちは慣れない料理に苦戦していたが、いつからか料理が楽しいと感じるようになり、今では見た目や食器にさえもこだわるようになってしまった。
 料理の経験が少なかった頃は見た目まで気にすることはなかったし、時間がないからと食材をそのまま齧って飢えを凌ぐようなこともあったのだけれど。
 そのうち仲間たちに喜んでもらえたら、と冒険のときにいくつか料理を作っていくようになったが好評であることに安心した。

「ディアンサス」
「……む」

 自分が急に声をかけられるとは思っていなかったのか、一拍置いてディアンサスが反応する。
 料理や酒を一緒に楽しめないのは仕方ないとして、会話にもあまり積極的に参加していないディアンサスはそろそろこの状況に飽きていないだろうか、と思いその名を呼んだのだが。

「アイン、食事はもういいのか?」
「食べ過ぎて太るのもちょっとね。以前よりは冒険に出かける機会も減って運動量も少なくなったし」
「私にはよく分からないが、そういうものか」

 あまり外見を気にしていないように思われることもあるし実際に普段の農業で泥にまみれていることは多いけれど、アインも体重を気にすることくらいある。
 世界を救う壮大な冒険を終えて、運動量が減ったにもかかわらず今までと変わらない量の食事をして少し、ほんの少しだけ体重が変化していることに気付いたときには絶望したものだ。
 恐らくは自分しか気付けない程度の変化ではあったけれど、あれ以来運動量や食事量にはかなり気を遣っている。

「それよりディアンサスこそ楽しめてる?」
「問題ない。我々にとってアベルの食事風景はなかなか新鮮な光景だ」
「冒険中もご飯食べてるところ見てた気がするけど……」
「あれは日常の光景とはまた違うものだろう。魔物の気配にも気を配らねばならない。どちらの光景も興味深いものではあるが」
「まあ確かに、どんちゃん騒ぎって感じは珍しいかも」

 お互いの近況報告で盛り上がったり、酒を飲んで楽しい気分になったり、室内で出来るような遊びに興じてみたり。
 そういうのは冒険中とは違うものかもしれない。尤も、これを人類の日常だと思われるのも少し抵抗があるのだが——シャトラの漁師であれば毎晩エモの歌声を聴きながら酒盛りでもしているかもしれないとはいえ流石に連日こんなに家族や友人と盛り上がる人間は稀だと思う。

「ディアンサスが楽しめてるならよかった。やっぱり仲間はずれは寂しいし」
「仲間はずれと言えば、ブラッカのことはいいのか? 先程出て行ったまま、まだ戻って来ないようだが」
「そういえば遅いね」

 ぐるりと酒場を見渡すがそこに全身黒に覆われた男の姿はなかった。
 まあ、彼のことだから心配はいらないと思うけれど酔って体調を崩したりはしていないかと少し心配になる。単にこの賑やかな環境に疲れたというだけなら良いのだが。
 シャトラは夏のシーズライトの影響を受けた常夏の町とはいえ、夜も更けてくると流石に肌寒く感じることもある。一年中雪が降り積もっているアルジェーンと比べれば大したことない、という問題ではない。

「ちょっと様子見てくる」

 そう告げて、賑やかな酒場を出る。
 ——酒場の賑やかな声も、一歩外に出てしまえば届かない。眩しいほどの光もほんのりと漏れているだけだ。
 ブラッカが行くとすれば砂浜のほうだろうか。この時間帯であれば人は殆どいない筈だ。……などと考え歩き始めた直後、砂浜のほうから歩いてくる見慣れた黒に気付いた。
 彼もアインの存在に気付いたようで一瞬目を丸くする。

「……アイン?」

 どうしたんだ、なんて言い出すブラッカに思わずアインはそれはこちらの台詞だと返す。
 ……どうしたもこうしたも、ブラッカは明らかに喧騒が苦手そうだし少し休憩の為に酒場を抜け出してもおかしくはないのだが。或いは先程シュリカに絡まれて複雑そうな表情をしていたから、一時的に避難していたのかもしれない。

「少し外の空気を吸いに出ていただけだ。オレのことは気にする必要ない」
「そういうわけにもいかないよ。誘ったのは自分だし、ブラッカが楽しめなかったら申し訳ないし」
「…………お人好しなのは相変わらずだな」

 ブラッカは呆れたようにため息をついた。
 とはいえ、決して迷惑だと思っているわけではなさそうなので気にしないことにする。彼は特に付き合いが浅い時点では表情こそ分かりにくいこともあるが嫌なことは嫌だとはっきり口にするタイプだ。
 誘ったときも、今も、迷惑だとかつまらないだとかそんなことを口にしてはいないのでブラッカはブラッカなりに楽しんでいるのだと思う。
 出会ったばかりの頃だったらわざわざ付き合ってくれただろうか。付き合ってくれたとしても報酬を貰っているから仕方なく、と言われていたかもしれない。
 そう考えると、彼との関係も随分と変化したように思う。それは他の仲間たちにも言えることではあるけれど。

「お前こそ、オレなんかに構っていていいのか?」

 今のお前にはパートナーがいるだろ、と口にするブラッカが少しだけ意外で驚いた。
 失礼だとは思うがアインはブラッカがそのようなことを気にするタイプだとは思っていなかったのだ。
 でもまあ、ブラッカとハイネは仕事上の付き合いもあるようだし——その仕事が具体的に何なのかまでは知らないけれど、その中でパートナーの話でも聞かされているのかもしれない。自分の与り知らぬところで自分のことが話題に上がっているかもしれないと思うと羞恥心でどうにかなってしまいそうではあるが。

「ハイネはアリアと何か話してたし、邪魔したら悪いかなって。自分もみんなと話したかったし」
「……お前たちの関係はよく分からんな」
「そう?」

 自分たちは夫婦というわけではないし、一緒に生きていけたら幸せだろうと思って隣にいることを選んだけれど、そこに燃える炎のような恋情は存在していない。
 ——否、もしかしたら今はお互いにもっと違う情が芽生えている可能性は否定できないけれど、少なくともパートナーになったあの瞬間そこにあったのは仲間としての信頼関係や尊重の気持ちだ。
 二人でゆっくりと過ごす時間ももちろん大切にしている。だけど同じくらい、ハイネが別の人と交流する時間も大事にしていきたいと思っている。そして恐らくそれはハイネのほうも同じだろう。

「でもまあ、そろそろ戻ろうかな。風邪ひきそうだし。ブラッカも戻るでしょう?」
「ああ……そうだな」

 酒場から漏れている光が揺れる。
 アインが外に出てまだ十分も経っていない。中ではまだ食事でも楽しみながら盛り上がっているだろう。とはいえ、もう遅い時間だしどこかのタイミングで切り上げて解散すべきなのだけれど。
 ブラッカと二人並んで酒場の入り口を潜り抜ける。お酒と料理の匂いとガヤガヤとした声にこれはこれで悪くないと思った。

「おかえり、アイン」
「ハイネ?」

 まだアリアと話しているのだろうと思っていたハイネが入り口で自分を出迎えたことにアインは一瞬驚いた表情を浮かべた。
 どうやらアリアは会話が済んだのかイスティナとシュリカのところに行ってしまったらしい。隣にいたブラッカはすぐに元の席まで戻ってしまった。

「君が外へ出て行ったのが見えたからね。帰りを待っていたのさ」
「ああ、うん。ブラッカを探しにちょっとね。すぐそこで会えたから良かったけど。待たせちゃってごめんね?」
「いいや、構わないよ。アインのそういう優しいところにみんな惹かれているのだろうね。もちろんこの私も含めて」

 仲間として特別なことは何もしていない、と言いたいがハイネは誰かに対してそう思えることが特別で素敵なことなのだと微笑む。
 ——この人には本当に敵わない。アインは時折そんなことを思ったりする。

「君が誰からも好かれている、というのは君のパートナーとして嬉しくもある」
「そういえばハイネって自分が他の人と話していて嫉妬とかしたことないの?」
「……おや、嫉妬してほしいのかい?」
「いや、どうだろう……。別に妬いてほしいわけじゃないけど自分のことで妬いてくれるようなことがあればそれはそれで嬉しいとは思う、かも」

 ハイネが嫉妬したときにどのような反応をするのか、正直あまり想像はできない。
 実際に彼と生活していて彼が嫉妬しているところを見たことはないし、もしかしたら悟られないよう上手く隠しているだけかもしれないけれどそれだけ自分のことを信じて尊重してくれているのだろうと思っているし嬉しく感じている。
 だが、ハイネがもしも誰かと親しげに話している自分の姿を見たときにほんの少しでも妬いてくれることがあればそれも嬉しいと思ってしまう。
 人間の感情はとても複雑だ。

「年上の男として、君にあまりカッコ悪いところは見せられないだろう?」
「自分相手に気にする必要ないと思うけど……」
「寧ろ個人的には君だからそんな部分を見せたくないのだけどね」
「それは自分がハイネのパートナーだから?」
「さあ、どうだろうね」

 ……ハイネのことを「カッコ悪い」と感じるようなことは少なくとも彼とパートナーになってから一度もないし、時々でいいからそんなところを見てみたい気もするのだが、ハイネのほうはそんな姿を見せてくれる気はないらしい。
 嫉妬の感情は万が一抱いたとしてもあまり見せたくないものである、というのは少し分かるような気もするけれど。

「さて、それじゃあもう少しだけ食事を楽しもうか」

 まだいくつか料理が残っているし、残してしまうのは忍びない。
 ハイネはさりげなくアインの手を取り、そのまま席のほうへと誘導する。先程まで外にいて少し冷たかった手のひらに熱が伝わってくすぐったかった。



「今日はありがとう。いい息抜きになったわ」

 食事会も無事に終え、レーテの村の入り口でアリアは思い出したように口を開いた。
 他の仲間たちはそれぞれ街に帰ってしまった。人数分のリターン・ベルを用意して渡しておいたから今頃は寝る準備でもしていることだろう。
 アリアにもリターン・ベルを渡したのだが「私の時代にはなかったものだし、使ったときの感覚が未だに慣れないのよね」と断られてしまった。
 ふわふわとした浮遊感と、瞬きの間に変わる景色に慣れないというのは分からないこともない。リターン・ベルを日常的に使っているアインでさえ、一瞬だけ酔ってしまったような気分になることがある。
 それなら自分たちと一緒に帰らないか、とアリアに提案してレーテの村まで一緒に歩いてきた。ハイネには付き合わせて悪かった——と思ったが、彼は気にしていないようだった。

「自分も楽しかった。またいつかみんなで集まることになったらその時はよろしくね」
「ええ。今度は是非ネメアやレーテ、アルジェーンでもやりましょう。アルジェーンだと流石に寒いかもしれないけど」

 それじゃ、またね。
 小さく手を振って、アリアと別れる。会おうと思えばいつでも会えるとはいえ、それぞれの日常に戻る瞬間は少しだけ寂しい。

「アイン、そろそろ私たちも帰ろうか」
「そうだね」

 少し後ろで見守っていたハイネに声をかけられて、小さく頷く。
 二人でゆっくりと歩きながらレーテの村を後にする。ふと見上げた夜空はいつもより美しく感じられた。