夜の道を往く

 たまには夜の道を歩きたい。
 そう口にしたアインの意図が読めず、ブラッカは一瞬反応が遅れてしまった。
 アインはどうしようもないお人好しで、全てを奪われたあの日から復讐の為だけに生きてきたブラッカに当たり前のように寄り添い、挙句パートナーになりたいなどと宣う女だ。今更突拍子もないことを言い出しても驚くようなことはない、と思っていたのだが。
 ——いや、それにしたって「夜の道を歩きたい」は意味が分からない。夜は冷えるし視界も悪くなるし、わざわざそんな道を選ぶ必要はないだろう。しじまの洞窟ですら時折脆くなっている地面に気付かずに足を滑らせているというのに。

「ブラッカ、前に夜遅く帰ってきたことがあったでしょう?」
「……あ?」

 前に、と言われても——心当たりは山ほどある。どれのことを言われているのか皆目見当もつかないし、彼女に詳しく言われたところで思い出せる気もしない。
 傭兵の仕事には朝も夜も関係ないし、夜中にこっそりと家を抜け出して朝方に戻ることも……最近は減ってきたが、少なくとも一人で生活していた頃はそんなに珍しいことでもなかったと思う。

「ブラッカを出迎えたときに星が綺麗に見えて、いいなあって思ったから」
「お前も帰りが遅くなることはあるだろ」
「それはそうだけど、急いでると夜空を見上げる余裕なんてないし」

 アインの帰りが遅くなるときは大抵時間に追われているときだ。翡翠の森で道に迷い、リターン・ベルを切らしていたが為にすぐに帰れなかったとか、ネメアで困っている人を助けているうちに夜も遅い時間になっていたとか。
 眠気と疲労で意識が遠のきそうになるのを何とか持ち堪えて家に戻り、そのままベッドに突っ伏して眠ってしまう。とても空を見ている余裕なんてないだろう。
 ブラッカがアインのそんな生活を知ったのは一緒に暮らし始めてからのことである。いつも仲間の為にと手の込んだ料理を持ってきては振る舞っていたアインのことだ。それはもう私生活も丁寧で規則正しいもので、もっと時間に余裕のある生活をしているものだと勝手に思い込んでいた。

「それに、ブラッカと一緒に歩きたいんだよ」

 二人で出かけることなんてあまりないし、あったとしても移動は飛空艇やアインが飼っているペットのトトカクである。
 アインの言葉にブラッカは押し黙る。正直な話、ブラッカはアインの押しに弱い。……それを認めてやるつもりはないのだが。

「駄目?」
「………………」

 思わず深く息を吐く。ブラッカが根負けするまでそう長くはない。