そして優しい体温にくるまれる

 アインが倒れた。
 レーテの村の医者であるクレスの診察結果は単なる過労。数日ほど安静にしていればすぐに良くなるだろうとのこと。
 正直、ここ暫くのアインは同居人であるハイネから見てもかなり忙しそうにしていた。朝早くから農作業に勤しみ、昼頃になるとそのままどこかへ出かけてしまう。戻ってくるのは深夜ということも決して珍しいことではなかった。
 内心いつか身体を壊してしまうのではないかと心配していたが——今となっては無理にでも休ませなかった過去の自分のことが恨めしい。

「……ハイネ、ごめんね」

 弱々しく謝罪を口にするアインにハイネは首を振る。彼女のことだから無理をして倒れたこと、自分が倒れたことで家族であるハイネにまで面倒をかけてしまったことに対して罪悪感のようなものでもあるのだろう。
 ——確かに出来ることならば無茶をしてほしくはないし自分のことを一番に考えてほしいと思っているが、彼女のお人好しで困っている人を放っておけずついいろんな人の悩み事に首を突っ込んでしまうところや最初は成り行きで始めたらしい農作業を今ではとても楽しんでいるところも好ましく思っている。
 それに、弱っているアインのことは心配だが彼女の為に自分が何か出来るというのは存外嬉しいものだった。

「アイン、何か食べたいものはないかい? 食べられそうなものがあれば少しでも食べたほうがいい」
「……ハイネが作ってくれるの?」
「君が普段作ってくれるような料理は流石に難しいけれどね」

 ハイネの手のひらがアインの額に触れる。どうやら熱はないらしい。風邪のような症状も今のところない。とはいえ、無理をさせたらそのような症状が出てくることもあるだろう。
 食欲があるようなら胃に優しいものでも作ろうか。家に食材が揃っていなければレーテの村まで買いに行かなければ。その場合、弱ったアインを一人にしてしまうのは心配だな。
 そんなことをぐるぐると考えているとアインが力なくハイネの服の裾を掴んだ。

「お腹はあんまり空いてないんだけど、その……、今はハイネに一緒にいてほしい……」

 消え入りそうな声で漏らすアインにハイネの思考は一瞬停止してしまった。
 一緒に暮らすようになってからそれなりに経つけれど、彼女のこんな姿を見たのは初めてだった。弱っている時に一人で過ごすのは寂しいし不安にもなる、というのはハイネにも心当たりがあるが——アインにもそういう部分があるのか。

「君を置いて、どこかへ行くつもりはないよ」

 アインの愛らしいお願いを無視するような選択肢が自分に取れる筈もないとハイネは苦笑する。
 となると買い出しには行けないし家にある食材で何とかしなければ——嗚呼確か源郷モモがたくさん収穫できて余っているとアインが前に言っていたような。
 食欲はなさそうだが倒れてから今まで何も口にしていないのは流石に心配だし果物くらいならどうにか食べられるかもしれない。

「アイン」

 裾を掴んだままの手を優しく解いて、その名前を呼ぶ。
 あまり頭が働いていないのかアインはぼんやりとしていたが、名前を呼ばれてふにゃりと笑った。——不謹慎かもしれないがその表情を可愛いな、と思う。
 絹のような髪を撫でて暫くはこんな風に過ごすのもありなのかもしれない、なんて考えた。