いつか遠い空の果てへ

「アイン、確か今はディアンサスと暮らしてるんでしょ?」
「そうだね」
「正直、あんたがディアンサスと暮らすようになるとは思わなかったわ。今までそんな素振りもなかったし、挙げ句の果てにディアンサスから事後報告だもの」

 アインがディアンサスをパートナーに選んでひと月。きっかけはレーテの村の村長から「人生のパートナーでも選んでみてはどうか」と言われたことだ。
 元々成り行きでアリアと二人暮らしをしていた家である。一人で生活するには広すぎるが二人ならばちょうどいいサイズのこの家は確かにこれからの長い人生を考えたときに一人で生きていくには寂しいと思うこともあった。
 とはいえ誰でも良かったわけではない。信頼出来て、一緒に生活するのが苦にならない相手。長く一緒にいることになるのだから自分が相手に抱いている感情がどんなものであったとしても、ずっと一緒にいたいと思えるほど特別でなければならない。
 その条件で言えばこれまで共に大冒険を繰り広げてきた仲間たちは申し分ない。相手の都合もあるだろうし決して誰でも良かったわけでもないけれど、誰と一緒に生きることになったとしても恐らく幸せだろうとアインは思う。
 そんな中で最終的にアインが心に決めたパートナーはディアンサスだった。もしかしたら断られてしまうかもしれない——そう思い数日ほど手紙を出すべきか悩んだことは今でも記憶に新しい。

「みんなにはパートナーが出来たって自分からきちんと報告したかったんだけど忙しくて」
「まあ、どうせあんたのことだから作物の収穫にでも追われてたんでしょうけど」
「う……」

 アリアの言う通り、畑が忙しくてなかなか仲間たちに会いに行くことが出来なかった。せめて手紙で、と思っていたのだが普段殆ど手紙を出さないせいで一日の作業が終わる頃にはすっかり忘れてしまっていた。
 パートナーになって暫く経った後、ある日突然ディアンサスからアインと暮らし始めたことを聞いてアリアは驚いたらしい。

「……で、ずっと気になってたんだけどどうしてディアンサスだったわけ?」
「どうして、って言われても……」
「だってあんたはいろんな人から好かれてるし、あんたをパートナーにしたいって人はたくさんいる筈よ」

 老若男女問わずね、と笑うアリアを見て言葉に詰まる。
 理由と呼べるものがないわけではない。ディアンサスとは種族も立場も何もかもが違うし、それならば自分と同じように歳を重ねる人間を選んだほうが不安も少ないのではないか、と考えたこともある。
 それでもディアンサスがいい、と思ったのは——。

「何十年か経ったあと、自分が死んでしまったとしても自分が生きていたことをずっと覚えててくれて大事にしてくれそうだったから、かな」

 ディアンサスのほうが先に何らかの理由で稼働停止したり人格を消去されてしまう可能性も否定はできないが。
 我ながら重いのでは、という気持ちもある。しかし迷いながらも自分の中に芽生えた感情の行く末を知りたい、とその手を取ってくれたディアンサスが自分の隣でどのように生きていくのかを見守っていたいし、またディアンサスが自分との日々の中でその感情にどんな名前を付けるのか——そして自分がこの世から去ったあと、その感情を大切に抱えて生きてほしい、と身勝手にも願っている。

「……何というか、軽い気持ちで聞いてみたら盛大な惚気を聞かされた気分」
「そうかな?」
「自覚がないってのがタチ悪いのよね」

 アリアは深い溜息をついた。



「……ということがあったんだけど」
「…………何故それを私に報告した?」
「いや……ディアンサスの耳……耳? にも一応入れておくべきかと思って」
「そうか……」

 その日の夜、遠見の丘の自宅で昼間のアリアとのやりとりを聞かされたディアンサスは困惑の色を浮かべた。
 ——照れている、のだろうか。そのような感情が備わっているのか定かではないが、ディアンサスもそんな反応をすることがあるんだなぁ、なんて他人事のように思う。なかなか新鮮な光景だ。

「アイン。お前の言う通り、もしかしたら私はお前より遥かに長い時を生きていくことになるのかもしれない。あまり考えたくはない未来だが……」
「考えたくない?」
「……そこに引っかかるのか? 私にとって最早お前がいる生活が当たり前なのだから何もおかしなことは言っていない筈だが」
「ああいや、ごめん。変な意味じゃなくてディアンサスにそんなふうに思ってもらえるのは純粋に嬉しいなって」

 元々、一方通行な感情でもいいと思っていたのだ。玉砕覚悟で人生のパートナーになってほしいと告げて、ディアンサスが受け入れてくれたのは奇跡のようなもの。
 ……もしも断られていたら自分たちは今まで通りの関係には戻れなかったかもしれない。そう思うと今更ながら恐ろしくはある。
 だが、ディアンサスは今もこうして二人で生きていく時間をかけがえのないものとして大事にしてくれている。それがどうしようもなく嬉しい。

「……人には確か死後の世界、という概念があるのだろう?」
「亡くなった人は天国に迎えられる、みたいなやつ?」
「そうだ。我ながら非科学的だと思うし同胞には馬鹿にされるかもしれないが……遠い未来、お前と再会出来るならばそのような場所を信じてみるのも悪くないかもしれないと思った」

 何十年か経過して自分の命が尽きて——ディアンサスも稼働することがなくなったあと、遠い空の向こう側で今と同じように穏やかに過ごせるのならば。そんな未来を信じてみるのも悪くはない。