陽だまりのような微睡み

「アイン。……アイン」
「ん……」

 すやすやと寝息を立てているアインの名を呼ぶが彼女からの反応はない。
 今日は朝から忙しそうにしていたからきっと疲れていたのだろう。疲れていても同居人である自分と過ごす時間を優先してくれたのだと思うと嬉しくはあるけれど——とハイネは小さく笑う。
 家の大きな暖炉の前に椅子を並べて、二人で今日のなんでもないことを語り合うだけの穏やかな時間だった。ネメアに行ったら久しぶりにイスティナに会った、とか。レーテの村で子供たちに誘われて一緒に遊んだ、とか。そんな何気ない話を二人でしていた。最近の研究についてハイネが語ればきっと内容を半分も理解できていないであろうアインはそれでもうんうんと楽しげに聞いてくれて。
 そのうちアインの言葉数が少なくなってきて、気付けば穏やかな顔で眠りに落ちていた。
 本当ならこのまま朝まで起こさずに寝かせておいてあげたいところなのだが、流石に椅子に座ったまま寝ては体を痛めてしまう可能性もあるし疲れも取れないだろう。
 ……この場合、自分が抱えてベッドまで運ぶべきだろうか。そんなことを思案しているとアインの体がもぞもぞと動いた。

「…………ん、ハイネ……?」

 海の色を宿した瞳と目が合った。アインはまだ寝ぼけて頭が働いていないのか、ぼんやりとしている。

「おはよう、アイン」

 今は深夜だけどね、と付け加えるとアインは一瞬だけ首を傾げ——状況を理解したのか目を丸くした。
 自分たちが語らっていたのは夕食の片付けを終えてすぐの時間帯だ。外は真っ暗ではあったけれど、深夜と呼ぶには早すぎるほどの時間。二人でなんでもない話で盛り上がっていたのがどれくらいの時間なのかはもう覚えていない。ただ、寝るにはまだ早い時間だったような気がする。

「……寝ちゃってごめんね。ハイネの話が退屈だったとかそういうわけじゃないんだけど」
「構わないよ。君がいつも私の話を楽しそうに聞いてくれているのは知っているからね」

 それが嬉しくてつい専門的な話までしてしまうのは自分の悪い癖だ、とハイネは苦笑する。
 アインも自分には専門外でよく分からない話とはいえ興味はあるのかそれとも気を利かせてくれているのか色々と質問をしてくれて、二人で遅くまで盛り上がってしまうこともある。
 発明に使う機材や研究用の書物さえあれば仕事をする時間を選ばない発明家とは違い彼女の仕事は朝早くから始まり体力を使うものなのだから遅い時間まで付き合わせてしまうことに対して毎回反省はしているのだけれど。

「何度か呼びかけたのだけど気持ちよさそうに眠っていたから、アインがこのまま起きなければ私がベッドまで運ぼうと思っていたところさ」
「そ、それは流石に……ちょっと恥ずかしい、かもしれない……」

 重いだろうし後からベッドまで抱えられたことを知ったら意識してしまいそうだし……と頬を朱に染め視線を泳がせるアインの姿は微笑ましい。

「……ところで、その、ずっと見てたの?」
「ずっと、というわけでもないけれど……愛らしい寝顔だな、と」
「そ、そんなにじっくり見てないで叩き起こしてくれたら良かったのに……!」

 一緒に生活しているわけだしお互いの寝顔なんて既に数えきれないくらい見ているとはいえ、じっくりと見られることには抵抗があったのかアインの頬はますます赤く染まる。
 アインを乱暴に叩き起こすことなんて自分には出来ないな。ハイネは口もとに笑みを刻んでアインの言葉を受け流す。
 ——彼女が自分のそばで安心して眠っている姿を見て感情が込み上げてきたから、なんて本人にはきっと言えない。