ブラッカが遠見の丘へと帰ってきたのは日付が変わる直前だった。
傭兵の仕事は不規則なもので、急な依頼が舞い込んできて慌ただしく準備をすることもあれば夜のうちに森を通らなければならないから護衛をしてほしいという商人の依頼で夕方に出かけて早朝戻ってくる、なんてこともある。
幸いにも人生のパートナーとして生活を共にしている同居人は仕事に理解を示してくれているし危険な仕事は辞めてほしいなどと言われることもない。尤も、自ら危険に首を突っ込む頻度で言えば彼女はブラッカと大差ないかブラッカよりも多いくらいなので一方的にそのようなことを言える立場でもないのだが。
「ブラッカ、おかえり」
「……起きてたのか。お前は朝早いんじゃないのか」
「明日はちょっと出かけるから、リターン・ベルを作っておこうと思って。ディアンサスが一緒だから飛空艇は使えると思うんだけどひとつ持っておけば何かトラブルがあってもすぐに帰れるでしょ?」
——パートナーであるアインは毎朝早い時間帯に起きてきて、朝食もそこそこにすぐ畑の世話をしている。仕事の都合でブラッカの帰宅が朝になってしまったとき帰ったら既にアインの姿はなかった、なんてことも珍しいことではない。
命を枯らす死季がなくなり世界も平和そのもの。あの頃と比べれば大冒険を繰り広げる理由もない。
アインとしても武器を振り回して戦うよりは鍬を握りしめて畑を耕しているほうが性に合っているらしい。武器を持ち戦う以外の生き方を知らなかった自分とは正反対のようだとブラッカは思う。
「ブラッカはきっと明日もお仕事でしょう?」
「……分かるのか?」
「何となくだけどね。ブラッカの何気ない仕草とか見てたらそうなのかなあって」
よく晴れた日にアインがいつもより畑の様子を気にしているのを見て、もうすぐ収穫の時期なのだろうなと思ったことがある。あの時は実際に翌朝には立派なネメアトマトが実っていた。
自分も無自覚に仕事の前日にやってしまう癖、のようなものはあるのかもしれない。
「そうだ、ブラッカの分のリターン・ベルも作ってあげる。使わなくてもお守りとして持っておくだけでも違うと思うし」
「いやオレには、」
必要ない、と告げるより先にがちゃがちゃと作業を始めたアインに思わず深く息を吐いた。
確かにリターン・ベルがあれば仕事が終わったあと一瞬で帰れるし万が一危険な目に遭うようなことがあっても緊急回避として使える。流石に依頼人を放って一人で逃げ帰るようなことはしないが。
持っておくとそれだけで安心感がある、というのは理解するしアインが自分の為に作ってくれるというのも、まあ、悪くはない。だがもう夜も遅いし何もこんな時間に作業を増やすことはないだろう。
「ブラッカの実力は知ってるし、仕事で怪我をする心配はあまりしてないんだけど。仕事を終えたブラッカが毎日この場所に帰ってきてくれることが嬉しいんだ」
四季があって季節に合わせた作物が育てられているこの丘が、ブラッカの帰る場所になっていることが幸せなのだ、と。小さく笑う女はまるで凛と咲く花のようだった。
title:icca