深夜、小さな物音でアインの意識は浮上した。
暫く前にパートナーとなった同居人が仕事から戻ってきたのだろう。確か急な仕事が入った、戻るのは深夜になるから食事は気にしなくてもいいと昼間話していた。
自分のことは待たずに先に寝ていてほしいと言われ彼の言葉に甘えてベッドに入ったのが二十三時。今の時刻は三時である。想像していたよりは遅い帰宅だが、そんな日もあるだろう。
部屋に入ってきたブラッカに声をかけようともぞもぞとベッドから上半身だけを起こした。
「おかえり、ブラッカ」
「……起きてたのか?」
「ん、ブラッカが帰ってきた気配がしたから今起きたところ」
起こしてしまったか、なんてぽつりと漏らすブラッカに首を振る。ブラッカは殆ど音を立てていなかった。浅い眠りだったアインの耳が僅かな衣擦れの音を拾い上げただけだ。
せっかく一緒に暮らしているのだから極力仕事から帰ってきたブラッカを出迎えたいしおかえりと伝えたいと思っているアインにとってはこのタイミングで目が覚めてちょうどよかった、くらいにしか思っていなかったがブラッカはどこか複雑そうな顔をしていた。
ブラッカに言われた通り、彼の夕飯は用意していない——というより一人で作って食べるのは寂しいからと今日はシャトラの酒場で済ませてしまった——のだが、ブラッカは携行食で済ませたのだろうか。あのビスケットで事足りるとは色々な意味で思えないけれどブラッカがその食事に満足しているのならそれでいいかと思い直した。
「ブラッカ、疲れてるでしょ」
行商人の護衛の仕事でアルジェーンからしじまの洞窟と翡翠の森を抜けてレーテの村まで歩いたらしい。流石に疲れている、と素直に口にするブラッカの腕をアインは掴みそのまま引っ張る。
——完全に油断していたブラッカはバランスを崩しそのままベッドへ……正確にはアインへとダイブする形になってしまった。
「お前、何して……」
「何って、ブラッカを休ませようかと」
「休ませる為に腕を引っ張るのか、お前は」
「正しく言うならたまには一緒に寝るのも悪くないかなと思って」
「……はあ」
ブラッカは深く息を吐く。
アインには本当に理由などないことは理解している。理解しているが、いくらなんでも無防備すぎないか。彼女の警戒心の薄さは常々気になっていたが同居している相手、それも異性に対してそのような発言をするなんて。
もちろんブラッカにアインを害する意図はないけれどこれが他の男——或いは女であったとしても同じことをするつもりなのか。それともパートナーだからこそなのか。
そもそもこのベッドはシングルサイズで二人で使う設計にはなっていないし……などと一人でぐるぐる考えていたブラッカはアインに名前を呼ばれて意識を引き戻された。
「何か不都合でもある?」
「……不都合というか」
不都合しかないだろう、という言葉は飲み込んだ。
アインはそういう女だと知っているし、そういう女だと知っていて彼女が飽きるまで付き合うとパートナー関係を受け入れたのは自分のほうだ。ブラッカは諦めてアインのベッドへと身を委ねる。
「おやすみ、ブラッカ」
言葉を返す気力もなく、そのまま目を閉じた。パートナーには振り回されてばかりである。