「こっちに似たような風習があるのかは知らないけど、お花見って風習があるのよ。お弁当を持って家族や友達と出かけて桜の花を鑑賞するんですって」
「アリアは経験したことないの?」
「世界中がそれどころじゃなくなってたもの。父さんたちにとってはもっと馴染みのある風習だったかもしれないけど」
桜、と言えばこの辺りではネメアだろうか。
春のシーズライトの影響で一年中美しい桜が咲く綺麗な街だ。時折ネメアを訪れることはあるがいつ見ても幻想的な光景に思わず息を呑んでしまう。
「少なくともシャトラやアルジェーンにはそういう風習はあんまりなさそうだね」
「まあ……アルジェーンは外でお弁当を食べるなんて寒くて出来ないでしょうし」
雪が降り積もるあの場所は植物に適した環境でもないだろう。無論、そのような気候を好む草木もあるけれど。
シャトラもアリアのいう「お花見」の雰囲気からは遠い気がする。海があり潮風が気持ちいいシャトラでは普通の植物は育たない可能性のほうが高い。
とある死季の日に目覚めて以降の記憶しかないアインはこの世界のことも、もちろんアリアが生まれ育った星のことも、知らないことだらけだ。
——そういえば冒険の最中に仲間たちと食事をしながら語らう時間は何度もあったけれど、それぞれの地域特有の風習が話題に上がることは意外と少なかったような気もする。
「お弁当を作って、って今まで考えたことなかったけど楽しそうだね。冒険に出かけるときに料理を持って行くことは多かったけど」
「……あれはまあ、アインが持ってきてくれる料理はどれも美味しかったけど、のんびり楽しく過ごすって感じじゃなかったし」
「ブラッカなんかは食事中も周囲を警戒してたからね。傭兵としての癖みたいなものなのかな」
キョロキョロと周囲を見回し、料理を一気にかき込んでいたブラッカの姿は一緒に食事をしていて何となく落ち着かない気分になることもあった。それも今では良い思い出ではある。
「たまにはアリアと二人で出かけたいね。最近あまりゆっくり出来なかったしお弁当持って、景色の綺麗な場所に行ったりして」
「何それ、デートのお誘い?」
「そう受け取ってもらっても構わないけど。アリアとなら吝かではないし」
デートなんて記憶を失って以降は経験したこともないけれど。記憶を失う前の自分ならば誰かとそのようなことを約束したこともあるのだろうか。
アリアと二人で。悪くない響きだ。自分はきっと他の誰よりもアリアという少女のことを好ましく思っている。