惑溺

「何だかハイネと海に潜るのって随分と久しぶりな気がする」
「君は最近あまりシャトラへは立ち寄っていなかったみたいだからね」

 シャトラにアトリエを構えている発明家のハイネにとっては海は身近なものだし、フィアソラ号の整備のついでに少しだけ海へ潜るということもあったけれど。

「今の時期、遠見の丘ではシャトラの作物は育たないし、ハイネは仕事中だから用事もないのに顔を出すのは悪いかと思って」
「私としては気軽に会いに来てくれて良かったのだけれど。他でもない君を邪険にはしないさ」

 パートナーとして生活を共にするようになって数年経つが、アインがハイネの仕事中にアトリエへ顔を出すことはあまりない。
 ハイネの帰りがいつもより遅くて倒れているのではないかと心配になっただとか、そんな理由でアトリエを訪れたことは何度かあるけれど。曰く、家族だからこそ仕事の邪魔はしたくないらしい。
 アインがハイネの仕事の邪魔になったことなど一度もないが、発明家の仕事がよく分からないからこそハイネから頼まれないうちは万が一にでも大切な道具を傷つけたりするわけにはいかないからとしっかり線引きしているようだ。

「そんな君がこうして私の仕事に付き合ってくれている、というのは新鮮だね」
「ハイネが誘ってくれたから。アトリエで細かい作業を手伝え、なんて言われたら流石に断ったかもしれないけど素材集めは自分の得意分野だ」

 珊瑚の神殿は魔物も生息しているし、戦力は少しでも多いほうがいいだろう。
 世界を救う戦いに身を投じていたとはいえ自分たちはただの人間で、不意打ちで襲われたときに無事である保証もない。自分の与り知らぬところでパートナーが魔物の群れに襲われて対処しきれずそのまま——というのはあまり想像したくない未来だ。

「今だから言うけれど、自分がハイネをパートナーに選んだ一番の理由はハイネと一緒にもっといろんな世界を見てみたかったからだよ」

 まだパートナーとなっていなかった頃、二人でフィアソラ号に乗り込み深海を目指したことがある。
 その時に発見した不思議な鎧や海底に突き刺さった旗を見て、世界には自分たちの知らないことが多いのだと実感した。
 出来ることならばハイネの隣で、そんな景色を見てみたいと願うようになったのはあの時の深海探索が楽しいものだったのもあるし、彼が語る夢に惹かれたのも大きい。

「一緒に?」
「うん、一緒に。もちろんハイネが一人でどこかへ行きたいというのならそれを邪魔しないけれど……ああでも、戻ってくるつもりがないなら無理にでも着いていくかも」
「——君を置いてひとりで遠くへ行ったりはしないさ」
「ハイネなら一緒に連れて行ってくれるって分かってるよ」

 光の届かない海の底でも、誰も知らない空の果てでも、その景色を隣で見せてくれると信じている。