朝、目を覚まして真っ先に畑の様子を確認する。
遠見の丘で生活するようになってからのアインの日課だ。それ以前の記憶を持たないアインにとって農業は右も左も分からないことであったがクレスから教わったことを参考に、何とかそれらしい畑を作れるようになるまでひと月。そこから安定した収入を得られるようになるまで苦労は多いものだった。
◇
「あんたのお人好しっぷりは相変わらずね」
「そうかな?」
「……本人に自覚はないのよねぇ」
野菜や果物を詰めた箱を抱えたアインはふにゃりと笑う。アインのその表情にアリアは思わず息を吐いた。
収穫した作物が余ったから——と箱いっぱいの作物を抱えて突然やってきたのだからアリアの反応も尤もだ。出荷すればそれなりの額になるだろうし料理の材料にも活用出来るであろうそれを「お裾分け」なんて言いながら何の躊躇いもなく差し出すのだから。
暫くアインと共に遠見の丘で生活していたアリアは知っている。彼が朝一番に作物を収穫し、場合によっては夜遅くまで作業をしていたことを。ここまで立派に育てられるようになるまでかなり苦労していた。
余ったのならそれこそ出荷してしまったほうがアインにはメリットが大きいのではないか、と思うが自分の損得など考えないのが彼だ。そこが良いところでもあるのだけれど。
「これはスープにすると美味しいし、こっちはお菓子の材料にするのがおすすめ。そっちの果物は……」
「そんなに一気におすすめされても私あんたほど料理得意じゃないんだけど」
「アリアさえ良ければ代わりに作るけど」
「……そういうところがあんたの良さだけど、流石にいつか良いように利用されないか心配になるわ」
レーテの村でも他の町でも悪意ある人間はあまり見かけないけれど、全くいないわけでもないし。彼の場合、万が一騙されたり利用されたとしてもその人柄に絆されて相手のほうが悪事から手を引くような気もするが。
「これでも誰にでも、というわけじゃないよ。アリアだからやってあげてもいいかなって思うだけだし……もちろんアリアが望まないなら無理強いはしない」
「…………あんたのそういう言動、そのうち勘違いされるわよ」
自分たちは人生を共にすると誓い合ったパートナーでもないし、当然恋人などでもない。一緒に暮らしていたことがあるからお互いのことはよく知っていて、彼は誰に対しても自然とそういう言葉を口に出来る人だと理解している。決して他意のある発言ではない。
……と、思っていたのだけれど。
「他の人なら別だけど、アリアなら勘違いされてもいいかな」
「……は?」
「第一、アリアに対して冗談でそういうことを言ったりしない。全部本気で言ってる」
まるで愛の告白にも似た言葉。
発言している本人が作物の入った箱を抱えている状況、というのは些かムードがないのではないかと思わないこともない。
「雰囲気とかシチュエーションとか、もう少し考えなさいよ……」
「迷惑だった?」
「……別に、迷惑だなんて思わないけど」
そんな雰囲気でもない場面で突拍子もないことを言い出すのは彼らしくはある。
本当に、何でもないタイミングでさらっととんでもないことを口にする。正直に言うと、心臓に悪い。
「…………アインのそういうところも好ましく思っている私も、同類なのかしらね」
ぽつりと呟いた言葉は彼の耳に届くことなく。空気に溶けて消えてゆくのみだった。
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