君を欲さば来世まで

 ある日の午後。作物の種を買う為にアインがアルジェーンを訪れたときだった。

「旅人さん、暇でしょ? 俺と一緒に遊ばない?」

 そう声をかけてきたのはアルジェーンの住民と思しき男。アルジェーンに来たのは初めてではないしそれなりに住民と交流もしてきたつもりだが、見たことない顔だった。
 季石教団の関係者であればどこかで顔くらいは見たことあるだろうけど記憶の糸を手繰り寄せてもこのような男に覚えはない。そも、教団にはシュリカがいるのだから目の前の彼のような軟派な男に居場所などないだろう。
 雑貨屋や宿屋の従業員にもこんな人はいなかった筈だ。アルジェーンの住民を全て把握しているわけでもないからこれまで会ったことのない住民か、或いは最近アルジェーンに移住してきた人だろうか。
 ——ナンパらしいことをされたのは初めてではない。記憶がないので記憶を失う前のことまでは分からないが、死季の日に目覚め、アリアと共同生活を送ることになってすぐ。レーテの村で初対面の男に美しい女性扱いされた。

「おねーさんアルジェーンの人じゃなさそうだし、案内してあげる」
「自分はこの街に何度も来たことがあるし、迷うこともないから案内は必要な……」
「遠慮する必要ないって!」

 遠慮しているわけではなく、強引なナンパに本当に困っているのだがアインの腕を掴んだ男は聞く耳を持たない。
 男女の体格差や力の差があるとはいえ、日頃の農作業や過酷な冒険で一般的な女性と比較すれば力に自信はあるし、無理にでも引き剥がして逃げてしまおうか。嗚呼でも逃げ出そうとして相手を怪我させるわけにもいかない。
 さて、どうしたものか。アインが思案していると聞き慣れた声がした。

「私のパートナーに何か用かい?」
「……ハイネ」

 なんでここに、と出そうになった言葉はギリギリのところで飲み込んだ。
 ハイネはこの時間、シャトラにあるアトリエで仕事をしている筈だ。発明家である彼は仕事中、自身の工房であるアトリエから出ることも殆どない。況してやアルジェーンにいることなんて。

「嫌がっている女性に無理強いは感心しないな」
「…………んだよ、恋人いんのかよ」

 男は舌打ちし、逃げるように去っていった。
 残されたハイネは逃げる男の背中に視線を投げて苦笑する。あんな態度では女性も嫌がるばかりで決して付き合ってはくれないだろう、と。

「ハイネ、助けてくれてありがとう」
「いやなに、君が困ってそうだったからね。君の家族として、助けるのは当然だろう?」
「でもハイネはどうしてアルジェーンに?」
「ブラッカに個人的に用があったのさ。生憎、彼は仕事で留守にしていたけれどね」
「ああ……傭兵の仕事って不規則そうだからね……」

 商人の護衛の仕事で朝から出かけていることもあれば、夕方になって急な依頼が入って翌朝まで帰れないこともある、とブラッカ本人から聞いたことがあるような。
 ハイネが時折ブラッカと内緒話をしたがっていることは知っているし、恐らく誰にも聞かれたくない仕事の話だろうと気にしたこともなかった。今回もきっと似たようなものだろう。

「それにしてもあの男の人、すごい勘違いしてたね」
「私と君が恋人同士だと思い込んでいたようだね。まあ、パートナーと聞けばそう思う人もいるだろうけれど」

 ハイネとアインは遠見の丘の家で共に暮らす家族である。
 パートナー関係ではあるけれど恋人、或いは夫婦の関係であるかと言われたら答えは否だ。お互いのことを大切に思っているのは事実だし、恋愛関係だと誤解されることが不快なわけでもないけれど。

「なんかハイネと初めて会ったときのことを思い出したけど、ハイネは口説くだけで無理に遊びに誘ったりはしなかったなって」
「初対面のレディにそんなことする筈がないだろう?」
「ハイネは初対面じゃなくても無理強いはしないよ。それなりに長い付き合いになるけど女性を無理に食事に誘ったりするところは見たことないし、自分とパートナーになってからは女性を一度も誘ってないの知ってるし」

 別にナンパをやめてほしいなんて話をしたことはないけれど、真面目なハイネはパートナーになった途端にぴたりと女性を口説くことをやめた。
 彼が女性を口説くのも元々はフィアソラに言われた言葉がきっかけで、根っからの女好きというわけではないみたいだから我慢しているというわけではないのだろうけれど——その誠実な対応に驚いたのを覚えている。
 自分たちの関係は恋愛関係と受け取られることも多いし、既婚者だと思われている男性が妻以外の女性を口説く姿を見られたら大変なことになるだろうからハイネの対応は正しいものではある。

「君の前では誠実でありたいと思っているよ。無論、君以外を蔑ろにしているわけではないけれどね」
「どんな関係であってもハイネにとって自分が一番特別な存在だと嬉しいな」
「君とパートナーになったあの日から私にとってはアインが一番特別で、それはずっと変わらないことだと思う」
「うん、知ってる。言ってみただけだしハイネの隣は自分の特等席だと思っているから」

 この場所を誰にも譲るつもりはない。彼の隣でずっと生きていきたいと望んだのだから。


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