幸福をとなりで

 ハイネがアインと共に暮らすようになってから暫く。
 最初こそシャトラのアトリエとは何もかもが違う遠見の丘での生活に慣れないこともあったし朝目が覚める度に見慣れない部屋の内装に違和感を覚えてしまうこともあった。しかし最近はそのようなことも減り、この場所を脳が「我が家」として認識出来るようになってきた、と思う。
 発明家であるハイネはシャトラを出て生活している今も度々シャトラに行っているが、シャトラから戻ってアインが育てている作物やペットのトトカクを見て何となく安心感を覚えている。既にそれらが自分にとって日常の象徴なのだろう、と思うと少し不思議な気持ちになるけれど。

「ああ、おかえりハイネ。出迎えられなくてごめんちょっと今手が離せなくて」
「ただいま、アイン。気にしなくていいよ、君も忙しいのだろう?」

 ハイネが遠見の丘まで帰ってきたことに足音と人の気配で気付いたらしいアインの声が何処かから降ってくる。
 姿は見えないが恐らくはこの広い敷地のどこかで農作業でもしているのだろう。パートナーが帰ってきたときに家にいるのならば極力出迎えたい、というのは律儀というかなんというか。
 ——世界を救うために戦っていた頃よりは流石に余裕があるとはいえアインが忙しいことはハイネも分かっているし、そもハイネも発明や調べものに夢中になってアインが帰宅した物音に気付けないことも多々あるので気にする必要はないと思うのだけど。

「……っと、」

 作業が一段落ついたのか、メーチェの小屋のほうからアインがひょっこりと顔を出す。
 ここで暮らし始めてから知ったアインの一面。彼女は元々自分のことを積極的に語るほうではなく、農業をしていることは知っていたが具体的にどんなことをしているのかまではよく知らなかった。
 農作業をしているアインの表情はきらきらと輝いていて心の底から楽しそうで、ハイネは彼女のそんなところを好ましく思っている。

「改めておかえり。今日はいつもより早かったね」
「たまには二人でゆっくり過ごしたいと思ってね」

 自分でもあまり良くないと思っているのだが、ハイネは発明に夢中になると周りが見えなくなってしまうことがある。一人暮らしをしていた頃は調べものをしているうちに朝になっていて一睡も出来なかったこともあったし、そんな日が数日続くようなことも珍しくなかった。
 アインと人生を共にすると決めたあの日からはそこまで酷いことにはならないよう気をつけているけれど、やはりアトリエでの作業に集中していると家に帰るという当たり前のことをすっかり忘れてしまうことも時々あるのだ。
 その度に迎えに来てくれるアインには感謝していると同時に申し訳ない気持ちにもなる。彼女は人生のパートナーであって保護者でも何でもない。

「じゃあコーヒーでも用意するから、ちょっと待ってて」
「いや君は疲れているだろうしそれくらい私が——」
「自分がやりたいだけだから、いいの。その代わりハイネには最近作ってる発明品の話とか聞かせてほしい」

 ハイネの言葉を遮りアインはパタパタと駆けていく。その背中を見送りながら、幸せだな、とふと思った。
 平穏で何か特別なことがあるわけでもない普通の日。そんな日々にアインという彩りが加わって毎日が新鮮に感じられる、なんて。