——結果的に世界を救うことにはなったけれども、自分はあくまでも遠見の丘で農業をしながらのんびりと暮らしたいだけで、誰もが憧れるような英雄を目指しているわけではないのだ。
ある時期を境に、それまで季節の変わり目に訪れあらゆる生命を枯らしていた死季はぱったりと消えてなくなった。
畑に植えたネメアトマトは季節を跨いでも生き生きと実っているし、死季に怯える必要がなくなったお陰か人々の表情も心なしか明るい。レーテの村には今まで以上に子供たちの元気な声が響き渡る。
死季の問題が解決したのは世界の為に戦った者たちがいたからなのだが、それに気付いているのはほんの一握りだ。大半の人間にとって、いつの間にか起こるようになった星の異常が知らない間に直っていた程度の認識だろう。
「ヒーローみたいに持て囃されるのも落ち着かないし、個人的にはあの戦いが殆ど知られてなくて助かる」
アインはそう言って、コーヒーを一気に飲み干した。
他の街へ出かけると時折「死季がなくなったのはアインとその仲間たちが人知れず戦ってくれたからだ」と察している人に出会うことがある。彼らはただ感謝を告げるだけで、大袈裟に騒ぐようなこともない。それがアインにとってはありがたいことだった。
「自分にとっては困っている人を放っておけなくて助けてたら世界まで救ってしまっていたようなものだし」
「お前らしいな。尤も、お前の周りに集まったのは英雄扱いされることを好まない者ばかりだろうが。無論、私を含めてな」
「みんな世界を救おうと思って立ち上がったわけじゃないからね。近しい誰かの為、或いは自分の為に戦ってたら巡り巡って世界を救うことになってた、でしょう?」
隣で様子を見ていたディアンサスは小さく頷く。レーベンエルベであるディアンサスにとって死季の対策と今も眠り続けるカインのことは大きな問題であったし、アインや他の仲間たちと比べれば遥かに「世界の為」に戦ってきたと言えるだろう。
死季が解決しないことにはカインを目覚めさせることも出来ないし、彼らの命の期限も迫っていたのだから悠長にしている場合ではない。当然、ある時から現れてこの星の一員となったアベルとの共存についても考えなければならない。
だが、アインを含め他の仲間たちはそのような小難しいことを考えながら戦っていたわけではない。仮に最初から近い将来世界が滅びる、なんて説明されたとしても彼らは必死に阻止するだろうけれど——壮大な目的があって戦うよりも隣で生きている誰かを守る為に立ち上がれる、そんな人々だ。
「知らないうちに死季という脅威が消えてなくなって。殆どの人が裏の事情に気付かないまま元の生活を送れる。それが理想的なハッピーエンド、だよ。自分も今まで通り農業しながらのんびり暮らせるし」
「まあ、確かに誰かが英雄と持て囃されるようになるのはこの世界の在り方としてあまり健全ではないかもしれないな」
「でしょう? ヒーローなんてきっと存在しないほうがいいし、存在しても大っぴらにならないほうが平和だよ」
だから自分は英雄にはならないし、世界を救ったなどと吹聴するつもりもないのだ。