じりじりと肌を焼くシャトラの日差しにアインは思わず息を吐く。
遠見の丘も夏水の節は倒れてしまいそうな暑さだが、夏のシーズライトの影響を強く受けているシャトラはいつも似たような日差しだ。海が近いお陰で潮風が心地良くはあるのだけれど、自分がこの場所で生活するのは厳しいかもしれない。それともシャトラの住民になればこの日差しにも慣れてしまうのだろうか。
額に浮かぶ汗を拭いちらりと海のほうへと視線を投げる。ちょうど漁師たちが漁から戻ってきたところだったらしい。大物でも釣れたのか、誰かが大声で何かを指示している。
初めてシャトラを訪れたときは漁が出来るような状況ではなかったし、町全体の空気もどんよりと重かった。それが今では当たり前のように漁に出られるようになった、というのは漁師ではないアインにとっても嬉しいことだ。無論、喜ばしいことばかりではないのは承知しているけれど。
町の中心部から離れた場所。海沿いに佇む建物。発明家であるハイネが常日頃、作業場にしているアトリエである。
少し前にアインと人生を共にするパートナーとなったハイネは生活の拠点こそ遠見の丘に移しているが週に何度かはアトリエへ出向いている。遠見の丘に運び込めない道具などもあるし、アトリエのほうが発明をするのに向いている環境なのだろう。
気晴らしに散歩に出掛けていたりして不在なこともあるがハイネは日中の大半をここで過ごしてる筈だ。難しそうな設計図や何かの資料が散乱していたり、発明品と思しきものが転がっていたり、お世辞にも整理整頓されているとは言い難い場所だが、アインは案外このアトリエのことが嫌いではない。
ハイネが楽しげに発明をしている姿を見るのが好きだ。彼が噛み砕いて説明してくれたところで言っている内容の一割も理解できていないような気はするが、役に立つのかもよくわからないものを作っているときのハイネの表情は生き生きしている。
——自分にとっての農業や料理がそうであるように、きっとハイネにとっての発明は仕事を超えて生き甲斐なのだろう。自分の人生そのものと言っても過言ではないくらいの。
「ハイネ、いる?」
自由に出入りしてくれて構わない、と言われているアトリエだが流石にハイネが不在のときに中で彼の帰りを待つのは抵抗があるし留守にしているようなら後日出直して——などと考えながら声をかけるとアトリエの二階から何かの物音がした。
「……その声はアインかい? すまないね、生憎今は手が離せなくて出迎えられそうにない」
「いいよ、ハイネの仕事の邪魔をしにきたわけじゃないから。取り敢えず上がるよ」
すごい発明を思いついた、と先日ハイネが嬉しそうに語っていたことを思い出す。
どんなすごい発明なのかは相変わらず説明を聞いてもよく分からなかったが発明に使うらしい素材をいくつか譲ったことを覚えている。アリアの話から着想を得たと言っていたから彼女の時代にあったものをアレンジした何かなのかもしれない。
ちらりと二階の部屋を覗き込めばハイネは床に道具を広げて作業をしているところだった。
工具でガチャガチャと何らかの部品を組み立てている。何をどう組み立てて最終的にどんな形になるのかは現時点では想像も出来ない。
「それが前に話していたすごい発明?」
「ああ……と言ってもまだ完成には程遠いけれどね。きちんと動作するかもまだ分からないし……いや私の設計図の通りに完成させれば理論上は想定通りに動く筈なんだが些細なことで動かなくなることもある」
「……発明も色々と大変なんだ」
前にハイネが孤児院に寄付しようとしてイスティナに拒否されていた水遊びのおもちゃは武器のような威力を持っているのだったか。
今度の発明品は武器のようなものなのか、それとも生活を豊かにするものなのか。ハイネのことだから自分たちには何の役にも立たないようなものを「面白そうだから」なんて理由で作ってしまう可能性もある。どんなものを形にするのか、興味はあるけれど。
「ところでアイン。私の作業を見学しにきたわけではないんだろう?」
「ああ、そうだった。まあハイネが発明してるところもじっくり見たくはあるんだけどお互いの都合もあるしそれは追々、かな」
ハイネが発明している姿をじっくりと見る機会はあまりない。遠見の丘に持ち帰れる作業は限られているし、アトリエを訪れるのもハイネの仕事ぶりを見学する為ではないのだから仕方ない。
その分、作業中の彼を見かけると楽しげなその姿に此方まで嬉しくなってしまうのだが。
「ハイネのことだから食事も忘れて発明に夢中になってるんじゃないかと思って、作ってきた。今朝収穫したばかりの野菜で作ったシンプルなサンドイッチなんだけど」
今に始まったことではないけれど、ハイネは一度何かに没頭してしまうと寝食さえ忘れることがある。一睡もせずに調べ物をしたりだとか、朝から晩まで何も食べずに発明に明け暮れたりだとか。
パートナーとして共に暮らすようになる前からそんな生活をしているハイネに思うところはあったのだ。
仲間ではあっても家族や恋人ではないし、お互いに——と言ってもアインは記憶喪失なので正確なところは分からないが——いい歳をした大人なのだからそこまで干渉してもいいのか悩んで結局見て見ぬふりをしていた。だが、家族となったからには毎日とはいかないまでもハイネに不健康な生活は極力させないと密かに心に誓っている。
「わざわざ作ってきてくれたのかい?」
「放っておくと夕飯まで何も口にしない、なんてことになりかねないし。帰ってくることを忘れる心配は流石にしていないけど、ハイネは発明の為に日常生活を疎かにするタイプだから」
「最近は君に心配をかけないよう改善を心がけているのだけど」
「じゃあ、今日は昼食済ませてる?」
「それは……まあ、時々こんな日もあるさ」
「時々あったら困るんだけどな、空腹で倒れるかもしれないし体を壊す可能性だってあるんだから」
幼い子供でもあるまいし、必要以上に気にかけるのも煩わしく思われてしまうのでは、と不安になったりもしたがやはり気にかけて正解だった。
「今後はもっと気をつけるよ」
「料理をするのは嫌じゃないし、いっそ毎日お弁当作ってもいいかも」
「……アインだって忙しいだろう? 君の作る料理は日々の楽しみではあるけれど」
「自分がお弁当を作るだけでハイネがきちんと昼食をとってくれるのなら苦にはならないよ」
相当なお人好しだと言われがちなアインではあるが、ハイネにここまでするのは家族だからといういたってシンプルな理由だ。
無論仲間の一人という間柄だったとしてももしハイネが倒れたと聞けば看病しに行くだろうし発明の為に食事を疎かにしていると聞いたら差し入れを作って持って行くだろうけれど、きっと毎日弁当を作ってもいいとまでは思わない。
「自分がハイネの為に何かしたいんだ」
どんなに些細なことだとしても、彼の発明の支えになれるのならば本望だ。