月は満ちる

「ハイネ、まだ起きてるの?」
「……おや、もしかして起こしてしまったかい?」
「ううん、何となく目が覚めただけ」

 深夜、アインがふと目を覚ますとごそごそと何か作業をしているハイネの姿が視界に入った。こんな時間まで起きているなど、仮にアインであれば眠気と疲労で体が限界を迎え、床で死んだように意識を失っていることだろう。
 そういえば今日は朝から何かを作っていたような。楽しそうに作業をしていたので邪魔をしてしまっては悪いと思い作業が落ち着くまであまり声をかけないようにしていた。
 ハイネがシャトラのアトリエではなく遠見の丘の自宅で何かを作っているのは珍しい。この家には発明に使える部品も道具も揃っていないから、設計図を作成するくらいならともかく大掛かりな作業は向いていないし当然のことではあるけれど。

「ハイネ、何を作っているのか聞いていい?」
「ああ、構わないよ。特に秘密にしておきたいものでもないからね」

 それに私も息抜きをしたかったところだとハイネは作業の手を止める。
 彼が作っているのはどうやら小さな箱のようなものらしい。細かい部品がいくつも使われているけれど、その箱がどのようなものなのかは想像もつかない。

「何日か前にネメアでアリアくんとばったり会ってね」
「ネメアで?」

 ハイネがネメアまで出かけているのも、アリアがネメアにいることも珍しい気がする。
 彼はアトリエで一日を過ごしていることが殆どだし——でも自分たちが初めて会ったのはレーテの村だったしあの時のように別の街まで発明に使えるものを探しに出かけていたのかもしれない。
 アリアも決して出かけることを苦に思うようなタイプでもないだろうから何らかの用事や気分転換でネメアにいてもおかしくはないのだけど。

「そこでお互いの仕事に関する話になったのだけど、アリアくんの時代には箱のような見た目をした楽器があったと聞いたのさ」
「アリアが自分の時代の話をするなんて珍しい」
「彼女がうっかり口を滑らせてね、まあ詳しくは聞けていないし当然実物を見たわけでもないのだけど彼女の話から着想を得て新しいものを作っているというわけさ」

 アリアが生まれ育った時代の話はアインも詳しくは知らない。彼女が詳しい話をすることは殆どないし、アインも興味がないわけではないが無理に聞き出したいとまでは思っていないからだ。
 野菜から肉を作る技術があるなんて話は前にしていたけれどそれがどのようなものなのかは具体的には知らないし彼女曰く「文明レベルが違う」からきっと自分たちの理解の及ばないような凄まじい技術があるのだろう。
 ハイネが作っていた箱のような発明品をちらりと見る。発明に関する知識なんてない——否、ハイネと共に生活するようになって彼の研究をほんの少しだけ手伝ったり話を聞いたりする機会も増えて以前よりは知識も増えたとは思うけれど、相変わらず詳しいとは言い難いアインにはハイネの言葉を聞いてもやはりイメージは湧かない。
 ただこの箱はきっとロマン溢れる素敵な発明品なのだろうと漠然と思う。ハイネの好奇心によって当初は予定されていなかった奇妙な機能が追加される可能性は否定できないけれど。

「作業に夢中になるのは構わないけど、たまにはきちんと休んでね」
「ああ、この作業が終わったら今日はもう休むつもりさ」
「ハイネはそう言って、結局時間を忘れるんだから」

 まあ、彼が楽しそうにしている姿を見るのが好きでつい声をかけることを忘れてしまう自分も良くないのだがとアインは溜息をついた。

「アイン」
「ん?」
「いやなに、君にこうして心配してもらえるのは悪くないなと思ってね」
「……なにそれ」

 変なの、と思わず笑みをこぼす。
 ——こんな些細なやりとりがとても幸せで満ち足りた気持ち、だなんて。