桜の誘い

「イスティナ?」
「何だか最近忙しいみたい。長く働いていた孤児院の先生が体調を崩して療養の為に実家のあるアルジェーンに帰ってしまったらしくて人手が足りないんだって」

 ネメアの街の孤児院で働くイスティナから少し仕事を手伝ってほしい、と依頼されたのはつい先日のことだ。作物の種を買う為に立ち寄ったネメアの雑貨屋で偶然イスティナと会い、お互いの近況報告をしているうちにそんな話になったのだ。
 彼女は少し前から孤児院の院長の座につき、これまで以上に忙しくしていた。身寄りのない子どもたちを引き取り育てるのは恐らく想像を絶する苦労があるだろう。
 手伝いたいのは山々だが子育ての経験もないし午前中は畑仕事で忙しい自分に出来ることなど限られているような——と思ったのだが任せたいのは孤児院の食事に使う食材の仕入れらしい。それなら遠見の丘で育てている野菜が余っているのでこれを使えばいい、と提案した。もちろん孤児院の規則で禁止されていなければ、だが。

「イスティナから許可は貰ったし、これからネメアまで運ぶところ」

 孤児院で預かっている子どもの数は聞いているし、育ち盛りの子もいるだろうからある程度多めに見積もってこれくらいあれば数日分の食材には困らないだろう。
 本当は今すぐにでも新しい先生に来てもらいたいところだがすぐに見つかる筈もなく、ネメアの自警団の人たちの力も借りながら何とかやっているらしい。

「帰りが遅くなるかもしれないから、ハイネは先に休んでて。待っててもらうのも申し訳ないし」
「それは構わないが……君はその量の野菜を一人で運ぶ気なのかい?」

 ディアンサスに頼めば飛空艇は借りられるかもしれないが、飛空艇で運べるのはネメアの街の入り口までだろう。今でも魔族への偏見や差別意識は少なからず残っているからディアンサスはネメアに堂々と入れないだろうし、飛空艇なんて未知の乗り物で街へ入ればきっと街の人たちを怖がらせてしまう。
 そも、野菜を飛空艇に運び込むだけでも大変な重労働だ。アインは普段からクワを振るい作物を収穫し、そのまま休憩もせずに出かけたかと思えば敵をバッタバッタと薙ぎ払っているし同年代の女性と比べたら遥かに体力はあるだろうけれど。

「まあ少し大変かもしれないけど、これくらい大丈夫。重労働には慣れてるし」
「……こういうときくらい、私のことも頼ってほしいのだけどね。私は君のパートナーなのだから」

 アインと暮らし始めて気付いた、というより改めて感じたことだがアインはお人好しであるが故に何でもかんでも一人で抱え込もうとする節がある。困っている人を放っておくことも出来ず、いくつもの問題を抱えていることも。
 それが彼女の良いところではあるし、ハイネ自身もアインのそんなところに何度も救われてきたのだけれど同時に心配にもなる。
 ハイネの言葉にアインは目を丸くした。

「ハイネも研究とか忙しいだろうし手伝ってもらうのも悪いかなって思ったんだけど」
「まあ、結局のところ私が君と一緒に過ごしたいだけなのさ。それじゃ駄目かい?」
「だ、駄目じゃないし嬉しい、けど……そういう言い方はちょっとずるい」

 パートナーとして頼られたいし甘えられたい——なんて言ってみても、本音はただ同じ時間を過ごしたいだけだ。頼られたいのも甘えられたいのも同じくらい本心からの言葉ではあるけれど。
 アインが飛空艇に運び込もうとしていた野菜の入った箱をひょいと持ち上げて、それから彼女の手をとる。
 そういえば一緒に生活しているというのに、彼女と出かける機会はあまりなかったなと苦笑した。パートナーになる前もアインとハイネが会うのは大抵シャトラで、二人でネメアに顔を出すのは初めてのことかもしれない。

「アイン。せっかくだから孤児院の手伝いを済ませたらこのまま二人でゆっくり過ごさないかい?」
「それは……嬉しいけど、ハイネはいいの?」
「言っただろう? 私が君と一緒にいたいんだ。君には君の都合があるのだから、無理強いはしないけれどね」
「ううん、自分もハイネと一緒にいたい」

 桜舞う美しい街で、ただ二人で肩を並べて歩くだけでもきっと楽しいだろう、と。
 まるでデートのようだとアインは笑う。傍から見たら自分たちは恋人同士にでも見えるのだろうか。それはそれで悪くない、と思ってしまうけれど。