「なんか、雨のにおいがする」
「だな」
「降ってきたらどうしよう。折り畳み傘とか持ってないや」
「俺も持ってない」

もうじき、梅雨だもんなあ。
どんよりと曇った空を仰ぎながら、折り畳み傘を持ち歩いておけばよかったと少し後悔。
湿気を含んだ空気に土と草木のにおいは、"もうすぐ雨が降りますよ"という雰囲気を存分に漂わせている。

「少し急ぐか」
「うん」

そう言う影山に続いて私も少し足を早める。同じ北川第一の出身で同じクラス。さらには隣の席であるこの影山と帰路を共にするようになったのはいつからだっただろう。中3の時も同じクラスだったけど、一緒に下校する程の仲ではなかった。今とてお互い別々の部活に所属しているから、決していつも一緒に帰ってるわけでもない。

そうだ。よく考えれば、いつだったかたまたま帰宅時間が被って、家が同じ方向だったからそれとなく喋りながら帰って…そういうのがなんとなく続いているだけだったような気がする。

それでも、「急ごう」といいつつ私に歩幅を合わせてくれているのは、一緒に帰りたいと影山が思ってくれているからだろうか。
だって影山が本気で急いで歩いたら私はあっという間に置いてかれてしまうだろう。コンパスもだいぶ違う。いや、でも考えすぎかな。ただの社交辞令で合わせてくれているだけなのかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていたら、鼻先にぴちょん、と冷たい感触がした。
束の間に次々と襲いかかる冷たい雫。雨が、降ってきた。

「わ、降ってきた」
「強くなりそうだな…苗字、これ被ってろ」

影山はそう言うと着ていた排球部のジャージを脱いで私に被せた。

「いやいやいや!悪いよ影山が風邪ひくよ!」
「俺、馬鹿だし大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないし!」

慌ててジャージを返そうとするも押し返されて受け取ってもらえない。どうしたもんかと考えているうちにどんどん雨も強くなってきた。

「もしお前に熱でも出されたら俺が困る」
「なんでアンタが困るのよ」
「…一緒に帰れなくなる」
「は」
「よし、走るか」

一瞬、頭が追い付かなかった。そのうちに影山に手を取られてそのまま引っ張られるように走った。お陰で影山の表情は全然伺えないんだけど…さっきの言葉は彼の本心だと受け取ってもいいのかな。私と、一緒に帰りたいって思ってくれてるんだ?

走っているからなのか、それとも影山の言葉のせいなのか。はたまた繋がっている手のせいなのか。心臓がばくばくとうるさく鳴り出した。なんだか、別の意味で熱が出ちゃいそう。仕方なく頭からかぶったジャージからは影山のにおいがして。私はとてもつなく幸せな気分になった。そんな帰り道。

(2015/05/27)