「数学がわかんねーの?だったら俺じゃなくて仁王に聞けよ、隣の席だろぃ」

そう仰ったのは、小学校からの仲であるブン太。テストも近いというわけで苦手な数学を一緒に勉強しようと誘ったのだが、そう一蹴されてしまった。どうやら得意分野は伸ばすが、苦手分野には一切手を付けないタイプのブン太は数学をノータッチでテストを迎える予定らしい。
仕方ない、仁王くんに頼もうか。実をいうと、隣の席ではあるが仁王くんはあんまり話さないので頼みにくいのだけど。


「ね、仁王くん数学教えてくれないかな?」
「…別にええけど、なんで俺?」

やっぱり、そう思いますよねー。
と、心の中で彼に同意。だってそれくらい私たちは話したことがない。友人の友人なんて所詮他人。挨拶だってロクに交わしたことがないのだ。

「ブン太に、仁王くんに教えてもらえって言われて」

「あー、あいつか。お前さん、仲良しだもんな」
「うん、小学校からの付き合いだからね」
「そーかそーか。で、どこがわからんの?教えちゃる」
「あ、ありがとう。えっと教科書のこの問題なんだけど…」

意外にもあっさりと教えることを了承してくれた仁王くんの教え方はとても上手だった。彼は普段は飄々としているけれど、話してみると結構楽しかったし、丁寧にわかりやすく教えてくれたのでだいぶ勉強がはかどった。

「仁王くんありがとうね、本当に助かった!」
「いや、別に構わんよ」

またわからないとこがあったら気軽に聞きんしゃい、と仁王くんは穏やかな笑みを浮かべながら言った。仁王くんって、そんな風に笑うんだ。今までちゃんと話したことなかったから、笑顔が優しいだなんて初めて知ったことだった。



****



「な、仁王に教えてもらった方がはかどっただろ?」

翌日、ブン太はドヤ顔で私にそう言ってきた。そのドヤ顔にちょっとイラッとしたが、事実だったので素直に肯定しておく。

「うん、そうだね。仁王くんの教え方わかりやすいし、優しいし」
「へぇ、優しいねぇ…」
「苗字、おはようさん」
「あ、仁王くんおはよう。昨日はありがとね」
「いーっていーって。それより代わりと言ってはなんだが今日、古典を教えてくれんかの?」
「古典?いいよ。仁王くんみたいに上手に教えられるかわからないけど」
「俺はそんなに上手くないぜよ。じゃあ頼むな」

そう言って手をヒラヒラさせながら、仁王くんは教室を出ていった。ブン太を連れて。しかもブン太は今度はニヤニヤしていた。なんなんだあいつ、朝から気持ち悪いな。

それにしても、ごく自然に交わした挨拶だったが、彼と朝の挨拶を交わしたのは初めてだ。昨日がきっかけで少し、仲良くなれたのかもしれない。新しい友人が増えることは私にとって、嬉しいことであった。これからもっと仲良くなれたらいいと思う。



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「ニヤニヤしとんな、気持ち悪い」
「んだよひっでーな、恋のキューピッドしてやったっつーのに!」

仁王に引っ張られて連れて来られたのは屋上だった。つーかもうホームルーム始まる時間じゃん。絶対間に合わねーじゃん。仁王め、怒られたらてめーのせいだかんな!

「別に頼んどらんし、余計なお世話じゃ」
「強がんなよ、俺のお陰で話す機会ができてお前も一歩踏み出せたんじゃねーの?」

実を言うと、仁王は俺の小学校からの友人であるあいつにお熱だったりする。それだけでも驚きだっつーのに仁王の奴、詐欺師の癖して恋愛には奥手で、なかなかアタックしやがんねー。そこで痺れを切らした俺が昨日助け船を出してやったってわけ。結果はどうやら大成功で2人の距離も少しではあるが縮まったみたいだ。他人から知り合いというごく僅かな変化ではあるが。やっぱり俺って天才的?

「…まあ、否定はせんが」
「だろぃ。まあ頑張れよ、俺応援してっから」

恋愛に奥手な仁王を見てんのも、鈍ちんなあいつがそれに全然気付いてないのも、笑えるし。俺は側からじっくりと、応援って名目で楽しませてもらいますよーっと。


(2012/01/31)