12/3(Sat) PM16:30
「なあ、明日暇か?」

日吉若と私の家が案外近くにあったことは、2年生に上がって彼と同じクラス、そして隣の席になってから初めて知ったことだ。近所に古武術の道場があることは知っていたが、習い事を一切せず、大して興味もなかった私が、そこが日吉の家であるという事実はそれまで知る由もなかったのだ。

とはいえ、その事実を知ってからは私たちはよく一緒に帰るようになった。男女の違いはあれど同じテニス部同士であるから練習終了時間が被る、というのも理由のひとつだが、何より日吉とはホラーにアクション映画にと、何かと気が合う良い友人関係を築いているからだ。

そして今日も1日練習を終えて日吉と共に帰路に着いている。

そこで、冒頭の日吉の発言に戻るわけである。

「うん、暇だよ。明日は部活もオフだし」
「なら遊ぼうぜ」
「うんいいよー。映画?今なんか面白いのあったっけ?」

日吉と休日に遊びに行くことは割とある。それはお互いの趣味が酷似していることが分かったからで、どこに行くかといえば映画館がほとんどなのだけど。
女の子同士だと、どうもホラーやアクション系は苦手のようでなかなかそういう映画を観に行けない私はしょっちゅう日吉と足を運んでいるのだ。

「いや、違う」
「えっ」
「今回はお化け屋敷、なんてどうだ?」

そう言って日吉がジャージのポケットから取り出したのは遊園地のチケット。しかも、以前「行ってみたいね」と日吉と話していたお化け屋敷が怖いことで有名な遊園地だったのだ。

「…行く!すごい行きたい!」
「決まりだな。じゃあ詳しいことは後でメールする」
「うん、わかった!」

話に区切りがついたところでちょうど家に着いたので日吉と別れたのだが、家に入るなり「どうかしたの?」とお母さんに怪訝な表情で聞かれてしまった。それくらいに舞い上がっていたのだ。

お化け屋敷は怖いけど、すごく楽しいから好き。それにあの話を日吉が覚えていてくれたことも嬉しいのだ。

今の私はまるで遠足前の幼稚園児のよう。もう中学2年生にもなるというのに、まだまだ子供だなあとは思うけれど、この興奮を抑えることは難しい。

ああ、早く明日にならないかなあ!



12/4(Sun) AM09:55
興奮しすぎて眠れなかったらどうしようなんて心配もしたけれど、そんな心配もいらないくらい昨夜はぐっすり眠れていた。

「おはよー」
「ああ、おはよう」
「じゃあ行こっか」
「ああ」

待ち合わせ時間の5分前に待ち合わせ場所の駅に着いた私だが、そこには既に日吉がいた。集合してすぐ私たちは駅のホームへと並んで歩く。

ちなみに、私が日吉に「待たせてごめんね」などと言わないのは気が知れた仲だから、という理由ではない。そんなことを日吉に言えば「ああ、待った」と素直に応えられてしまうからだ。まあ、日吉らしいといえば日吉らしいのだけど。

****

気が付くと、日が傾きかけていて辺りはオレンジ色に包まれていた。

「もうこんな時間か」
「あっという間だったねー」

今日一番の目的だったお化け屋敷は私の期待に十分応えてくれるものすごく怖くて、楽しいものだった。いきなりゾンビに足を掴まれた時は流石に驚いて、隣にいた日吉の腕にしがみついてしまったのだけど。あの時の日吉の勝ち誇ったような笑みは忘れない。

その後も色んな絶叫マシーンに乗ったのだがぎゃあぎゃあと叫ぶ私を見て、その度にニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを浮かべていた。日吉がそういう性格であることは知っていたけれど今回ばかりは少し癪だったので「女の子らしい可愛い叫び声じゃなくて悪かったわね!」なんて悪態をついてしまったのは仕方ないと思う。

「あとひとつくらい乗ったら帰るか」
「そうだねー、何にする」
「乗ってないものといえばあれくらいだな」

そう言って日吉が指差したのは観覧車。そういえば絶叫系ばかり乗っていたから存在を忘れていた。

「じゃあ、乗ろうか」

私たちは観覧車に向かって、ゆっくりと並んで歩きだした。



12/4(Sun) PM17:45
ゆっくり、ゆらゆらと、観覧車は回る。上へ向かって。

「今日、楽しかったね」
「ああ、そうだな。ぎゃあぎゃあ騒ぐお前を見ていて退屈はしなかったな」
「ちょっと!」
「フン、冗談だ」

思えば、日吉とこんなふうに1日中遊んだのは初めてだ。映画に行った時だって、映画を観てごはんを食べたらすぐ解散してしまうから。だから、すごく今日は新鮮で楽しかった。

まるで、デートみたいだ。

って、何を考えてるんだ私は!
ふと、そんな考えがよぎって恥ずかしくなった私は慌てて窓の外の景色を見ているフリをした。何を今更。日吉とは何度も遊びに行っているじゃないか。

そう思ってみても今観覧車に日吉と2人きりでいることで余計にデートのようだと感じてしまう。おかしいよ、日吉とは友達、なのに。

「なあ、」
「な、何?」

思わず吃ってしまったのは仕方ないと思う。なんだか恥ずかしくて、日吉のことは見れなかったから視線を窓の外に向けたまま、答えた。

「明日、俺の誕生日なんだ」
「…は?え、う、ウソ」

嘘じゃない、と日吉は言ったけれど、私はびっくりして窓の外へ向けていた視線を日吉へ戻した。そういえば私、日吉の誕生日を知らなかった。友達、なのに。

「知らなかった、ごめん」
「いや、それはいいんだ。俺も言ってなかったからな。つまりだな、お前に、その、…って、……だよ」
「え、何?」
「だから、お前に誕生日を祝って欲しいんだよ!お前が、好きだから!」

どくり。体中の血液が逆流するのではないかと錯覚してしまうくらいに大きく心臓が跳ねた。
目の前の日吉の顔は真っ赤で、それは初めて見る表情で、ゆらゆらと動く観覧車の中、まるで現実味を帯びなくて。
どくりどくりと心臓の鳴る音だけが私の中で響いていた。

そんな中、先程の考えが私の頭をよぎった。

デートみたいだと考えて、私は恥ずかしい気持ちにはなったけれど嫌だとは思わなかったのだ。
つまりは、そういうこと。

私も日吉のことが好きなんだ。



12/5(Mon) PM15:20
「で、今日早速見せつけてくれた訳かいな」

しっかし、友達だって言うてたのに誕生日知らんかったとか自分ありえへんやろ。

そう言って笑ったのは、月が変わって最初の月曜日の放課後に行われた定例の委員会集会の時、私と同じ海外交流委員会で日吉と同じテニス部員の忍足先輩だ。何でも、今朝日吉と一緒に登校していたところを目撃したらしい。委員会集会が始まってすぐ、私に話し掛けてきたのだ。「日吉と付き合うてるん?」と。

私が日吉と一緒に登校することはよくあることことだ。何せ家が近いから。忍足先輩は日吉を通じて話すようになった人で、もちろんそのことを知っている。だからいつもならその様子を見ても何とも思わないだろう。

ただ、今日は違ったのだ。日吉が、手を繋いで行こうと言ったから。

私は恥ずかしくてしょうがなかったのだが、今日日吉が誕生日だと思うと断るに断れなくて「今日だけ」と言って了承したのだ。昨日まで誕生日を知らなかったという罪の意識は消えていない。

そこをまあバッチリと忍足先輩に目撃されたらしい。それで私は話したのだ。昨日から日吉と付き合い出したことと、その経緯を。

そうこうしているうちに委員会集会は終わってしまった。元々、年末のこの時期に海外交流委員会の仕事はあまりないから委員会集会自体も大して重要性はなかったのだ。

「で、今日はこれからどうするん?デート?」
「そうです、だからそいつにちょっかい出すのはやめて貰えませんか」
「あ、日吉!」

集会に使っていた教室を出たら日吉が廊下待っていた。委員会が早く終わって私を待ってくれていたらしい。

「お熱いなあ、おふたりさん。まあお幸せに」
「フン、言われなくてもそうしますよ」

さあ、行くぞと日吉が私の手を引いて教室へと向かう。後ろからひゅうという忍足先輩の冷やかす声が聞こえた。

日吉と手を繋いで歩くことはまだ慣れていなくて恥ずかしい。手に変な汗もかいてしまう。でも、嫌な感じは全然なくて、寒い季節だけどほわりと心があったかくなるんだ。

「ねぇ、日吉」
「なんだ?」
「誕生日おめでとう!」

この世に、生まれてきてくれてありがとう。
私はあなたとこうしていられることがすごく、幸せなのです。


HAPPY BIRTHDAY!


(2011/12/05)