これの設定で少し前のお話。




「今日はいつもより早めに部活を切り上げる予定だから安心してね」

朝、挨拶もそこそこに。隣の席の幸村は朝練を終えて教室に入って来るなり私にそう言った。

「はあ…。それがどうかしたの?」
「だって今日、浦山の誕生日だろ?放課後に約束とかしてないの?」

思わず「えっ」と呟いた。今日、しい太とはお昼を一緒に食べる約束はしていたが、放課後の約束はしていない。

私は、しい太と学年はおろか部活も委員会も一緒ではないが、よくお昼を一緒にしたり放課後にソフトクリームを食べに行くような仲だ。そうして2人でいるときは、クラスの話や部活の話、家族の話など色々な話をする。共通しているものがない分、どんなことでも気軽に話せる仲であった。けれど、互いの誕生日がいつなのかという話はしたことがない。
つまり、私はしい太の誕生日を知らなかったのだ。

「もしかして、知らなかったの?」

幸村の言葉に素直に頷くと、彼はあんなに仲良しなのに、と呟いた。確かに仲は良いと思う。しかし、本当に知らなかったのだからしょうがない。

「とにかく、今日部活を早く切り上げることはもう部員に連絡済みだから。いつもみたいに放課後に出掛けて、その時に祝ってあげなよ」
「うん、そうする」

放課後、しい太に誕生日プレゼントを買ってあげよう。そう思って財布を覗いたら200円しか入っていなかった。嘘だと思いたかった。





昼休みは中庭で持参したお弁当をしい太と食べた。しい太のお母さんが作るお弁当は私の母が作るお弁当と違ってほとんど冷凍食品が入っていない。タコさんウインナーなんかも入っていて、女の私のお弁当よりも可愛らしいものだった。じっと眺めていたら、タコさんウインナーをひとつくれたので私はお返しに冷凍食品の唐揚げをあげた。
お弁当を食べ終えていざ、放課後に出掛けようとしい太を誘おうとしたが、彼に先を越された。

「今日はオイラの大好きなソフトクリームのお店が、全品100円になるらしいんでヤンス」

嬉しそうに笑うしい太を横目に、私の中で彼への誕生日プレゼントが密かに決まった。





そして、放課後。
1年生はボールの片付けやらコート整備やら、雑用が多いせいか、しい太が部室から出てくるのは3年生よりも遅かった。

テニス部より部活が終わるのが早かった私は、部室の入り口でしい太を待っていたから、先に帰り支度を済ませて部室から出てきた幸村からニヤニヤとした視線を向けられた。当然、無視である。

「先輩、お待たせしたでヤンス!」

急いで着替えたのか、髪が少し乱れていたから軽く整えてあげて、私たちは並んで歩きだした。





「誕生日おめでとう!」

ふたつ買ったうちのひとつを私はしい太に差し出した。いつもは一緒に買いに行くが、今日はセールをしていたからなのかいつもより混んでいたので、それを理由に私が二人分買ってきたのである。味はもちろん、しい太が特に好きなチョコ味だ。

「先輩、知ってたんでヤンスか…?」

しい太は驚きを隠せない様子ではあったが、それでもちゃんとソフトクリームは受け取ってくれた。

「幸村が教えてくれたんだ。とは言っても、今朝知ったんだけどね」

だから、財布にお金なくて。誕生日プレゼントがこんなんでごめんね。
そう謝れば、しい太は静かに首を横に振った。

「オイラ、今日は先輩と一緒にお昼食べて、一緒にソフトクリームを食べれればそれだけで充分幸せだったんでヤンスよ。でも、誕生日を祝ってくれて、プレゼントもくれて…。本当に嬉しいでヤンス、ありがとうでヤンス」

しい太は、素直でとてもいい後輩だと思う。嬉しそうに、美味しそうにソフトクリームを食べているしい太を見ていたら私も幸せな気分になった。

来年は、ちゃんと形に残るプレゼントを用意して。そしてまた、こうして二人でソフトクリームを食べに行きたいと思う。





ゆるやかに 渦巻く
Happy Birthday to Shiita!


(2012/07/03)