丸井ブン太が彼女と別れた。

クラスメイトの女子たちがそんな話をしているのを耳にした。
そのクラスメイトの女子たちは丸井を非難するようなことを言っている。どうしてかって?理由は簡単。今日、私のクラスで丸井の彼女が丸井の悪口をさんざん大声で言っていたからである。
大半の女子は彼女のその悪口を信じ込み、丸井を非難し出したのだ。

けれど私はその言葉を耳には入れなかった。聞いていて心地よいものではなかったし、なにより興味がなかった。
私は丸井の悪口で盛り上がる自分の教室をそっと抜け出して3Bの教室を目指して足を進めた。


3Bの教室を覗くと、案の定丸井が机に突っ伏していた。
もう部活が始まっている時間なのに。きっと後で真田くんに怒られるんだろう。そんなこと、丸井だってわかりきっているはずなのに、それでも部活に行こうとしない訳はわかっている。私は丸井の肩をぽんぽんと優しく叩いた。

それに反応して、ゆっくりと顔を上げた丸井に「話くらいなら聞くよ」と告げると、丸井はくしゃっと顔を歪ませた後、せきをきったように話し始めた。

そう、丸井はこのやるせない想いを、悔しさを、誰かに聞いて欲しかったのだ。



丸井が話した内容を要約すると、こうだ。

丸井の彼女…正確には"元"彼女はある日、丸井に告白してきた。理由は一目惚れ。で、実は丸井も前から彼女のことが気になっていて、晴れて2人はカップルになった…のだが、問題はそこからで。

付き合い始めてから2週間程経った昨日、いきなり彼女から別れを告げられたのだ。
理由は"イメージと違った"。

いつもお菓子を催促してきたり相手を馬鹿にしてきたり、でも好きな子だととことん甘えたりするのが私の知っている丸井なのだけれど、彼女の中の丸井は違ったようだ。所詮、一目惚れで中身を知ろうとしなかった、ということだ。きっと彼女には丸井が王者立海のテニス部レギュラーで、天才的妙技を使うストイックな人間に見えていただろう。けど実際はそんな奴じゃない。

「俺、付き合い始めてさ、最初はちょっと気になるぐらいだったアイツのこと、ちゃんと好きになってたんだよ。でも……」

うっすらと瞼に涙を浮かべる丸井の頭を優しくと撫でる。

「大丈夫だって、丸井の中身をちゃんと好きになってくれる人はちゃんといるよ」

例えば、丸井の目の前いる人とか。

その言葉はぐっと飲み込んだ。

私は臆病だ。
こんなにも近くにいるのに想いを伝えることが出来ない。失恋した弱味につけ込んで、丸井を自分のものにすることだって出来るかもしれないのに、一歩踏み出すことが出来ない。

きっと私は、丸井の中で『恋愛相談に乗ってくれるイイ奴』で終わってしまうのだろう。

「サンキューな、名前」

泣きそうな表情で、それでもニカッと笑顔を向けた丸井の顔が少し滲んで見えた。


(2012/04/13)