私は今日、私立立海大附属中学校を卒業した。

「オイラ、寂しいでヤンス」
「うん」

私の手を取って、今にも泣きそうに瞳を潤ませながら、それでも男の意地なのか、泣くまいとしているのは後輩の浦山しい太。彼と私は学年はもちろんのこと、部活や委員会すら一緒ではない。出身小学校も違う。それでも彼がこの立海に入学してから私が卒業するまでの間、私はよく彼と行動を共にしていた。


初めて出会ったのはいつだったか。おそらく5月。彼が中学生活に慣れ始めた頃だと思われる時期。だんだん暑くなってきたから帰りにアイスでも買って食べながら帰ろうと寄り道をした時、同じような理由でその店を訪れていたしい太がソフトクリームを買うためのお金があと10円足りないと絶望に浸っていたところを助けたのがきっかけだ。助けた、というよりもただ10円を貸してあげただけである。


私としてはたかが10円、返して貰わなくても別に構わなかったのだが、どこで調べたのか、しい太は数日後、わざわざ私のクラスに10円を返しに訪れたのだ。
私は学年やクラスはおろか名前すらしい太に教えていなかったのに。


しい太と話すようになったのはそれからだ。ソフトクリームの話で盛り上がり、帰りにおいしいソフトクリームを探すために寄り道したりお昼を一緒に摂るようになった。しい太は素直でとても良い子であったし、何より私の所属していた部活は、あまり後輩との仲が良くなかった。私は後輩で一番、しい太と仲が良かった。

「先輩、オイラ…」
「大丈夫。卒業っていっても高等部に上がるだけだから、お昼も一緒に食べれるし寄り道も出来るよ」
「わかってる…わかってるでヤンス。でも、校舎が離れるだけでもオイラは寂しいでヤンス」
「そう」

私はしい太に取られていない方の手で、しい太の頭をそっと撫でた。しい太はちょっと変わった髪型をしているけれど、クセのあるその髪はふわふわしていて触り心地がとても良い。

「先輩、」
「うん」
「オイラ、先輩のことが好きでヤンス」
「うん、私も」

男の意地で泣くまいと堪えていた、潤んだ瞳から、涙がぽろりと零れた。

「私も、しい太のことが大好き」

しい太は可愛くてとても良い後輩だ。でも私はいつの間にか、ただの後輩としてではなく、一人の男の子として格好いいと、素敵だと、愛しいと、そう思うようになっていた。しい太に恋をしていたのだ。

「せん、ぱいっ」

もう完全に涙腺が崩壊してぼろぼろと涙を零すしい太を腕の中に閉じ込める。身長はまだ私のほうが高い。けれど、いずれは追い越されてしまうだろう。

私は、涙を零し続けるしい太の瞼にそっと口付けた。数年後になるであろうその時も、彼の隣に私がいられたらいいと思う。


(2012/03/01)