これこれの続き


今年もまた、この季節が来てしまった。町は色めき立っている。理由なんてもうわかりきっている、今日がバレンタインデーだからだ。
いつもなら、誰もがそわそわしている今日という日に悪態をついていたのだが、今年は違う。

今年は私も、そわそわする側の人間なのだ。



相変わらず奴とは行く先々で顔を合わせていた。
ホワイトデーでのことがあったから、少しは変化があるかと思えば、奴の口から出るのはやはり厭味ばかりで、私と奴の関係は変わったようでさほど変わっていない。

でも、1年近く前に言われた「ちょっと悪かったかな、って思う気持ちがあったら来年はちゃんと用意しなよ!」という言葉をしっかり覚えていて、前日にジョーイさんに頼んでポケモンセンターの厨房を借りて作ったガトーショコラを手にして今、ポケモンバトルクラブに向かって歩いているということは、少なからず彼のことを意識しているのだ、私は。



「やっぱりいた」

バトルクラブに入ってすぐに目に入ったのは彼のオレンジ。もしかしたらここにいるんじゃないかって、思っていたんだ。1年前と同じ町、同じバトルクラブ。彼はすぐ私の存在に気が付いた。

「はい、シューティー。今年はちゃんと用意したわよ。頑張ったんだから」
「…もしかして、手作り?」
「うん。ガトーショコラ」
「へえ、頑張ったんだね。ありがたく受け取っておくよ」

なんだか、あっさりとした受け渡しだった。私自身、思っていたより緊張しなかったし、シューティーも驚くことはおろか喜ぶそぶりも見せなかった。むしろ貰うのが当たり前だというような雰囲気である。

「じゃあ、僕は用があるからそろそろ行くね」
「……うん」

頑張ったのにな、と少し寂しい気持ちになった。

「ああ、それと、」

そう言って、シューティーは私の腕を取るとそのままそれを引き寄せた。そして頬に一瞬だけ感じた熱、そして響くリップ音。

「頑張って作ったご褒美。ホワイトデーは期待してくれて構わないよ、頑張りに見合ったお返しをするのは基本だからね」

耳元でそう囁いてから私の腕を離したシューティーは、そのままバトルクラブを出ていった。

彼に掴まれた腕が、唇が触れた頬が、囁かれた耳が、じわりじわりと熱を持つ。
完全にしてやられた。奴が可愛い一面を見せてくれたのは板チョコをあげたあの時だけ。それ以外はずっと私が振り回されてばっかりだ。

悔しい、悔しい。ホワイトデーのあの時から、私はシューティーで埋め尽くされているというのに。余裕のある彼を見るのはとても悔しい。きっと私たちの想いは通じてる。だけどわからない。これが恋というものなのか。

「青春ですなあ」

一部始終を見ていたのであろうドン・ジョージが微笑みながらそう言った。


(2012/02/14)