もうすっかり秋だなあ、と日が傾いてオレンジに染まった空を眺めながらぼんやりと思った。
少し前まで、いつまで夏が続くのだろうかと思うほど暑い日々が続いていたのに。今では焼けるような日射しも、むわりとした湿気もなくなったし、肺へと取り込まれた空気は冷たくて、肺の中でひんやりとした。おまけに日が沈むのも早くなって、夏の時よりも早く部活を切り上げなければならなくなってしまった。衣替えも、もうとっくに済んだ。
夏の面影が少しずつひとつ、またひとつと消えてゆく。この、屋上庭園の花壇で夏の間、太陽に向かって懸命に首を伸ばしていたあの向日葵の姿はもう、ない。かわりに秋桜とも呼ばれている、白やピンク色をしたコスモスの花たちがそこに佇んでいた。
一般的に河原などにも咲いているこのコスモスは、正式名称をオオハルシャギクという。よく見掛けるこの花はひどく普遍的だ。けれど、俺はこの花がとてもきれいで、可愛らしいと思う。それはきっと、単に花の色合いや形状だけではなくて、花言葉にも理由があるのだろう。
「ごめん、幸村待った?」
「いや。俺もさっき部活を終えて来たばかりだよ」
「なら良かった。それにしても、私が幸村を待たせることになるのは珍しいね」
「確かに、それもそうだね」
秋が訪れたということは、海原祭の開催が近付くということだ。附属の中高大が共同で開催するこの学園祭は、共同でやるだけのことはあって規模が大きい。クラスごと部活ごとに出し物をしなければならず、さらにはそれらに評価がつき、上位になれば表彰される。
そうともなれば、誰もが賞を狙って気合いを入れて取り組むだろう。何せ、賞のほかに海風館の食事券という景品がつくのだから。
そしてそれは俺たちのクラスも例外ではなかった。俺たちのクラスは、無難ではあるが喫茶店をすることに決まっていて、さっそく喫茶店で出すお菓子の試作が進んでいるらしい。部活が忙しい俺はあまり顔を出せていないのだけれど、お菓子作りの担当になった和泉は放課後に試行錯誤しているらしい。
「はい。これ、余り物。今日はスコーンを作ったの。プレーンと紅茶味ね」
「ありがとう。部活でお腹空いちゃったから、今ちょっとだけいただくね」
試作品の余り物と言いながら、それを感じさせないほど綺麗にラッピングしてあるそれを丁寧に開封して、ひとつだけ取り出して口に入れる。途端、ふわりと紅茶の風味が口に広がった。これは紅茶味か。
「うん、すごく美味しいよ。また余ったら俺にも食べさせてね」
「よかったあ。うん、また余ったら持っていくね」
でも、実は俺は知ってるんだ。彼女が余り物だと言って時々持ってくるそれは、わざと余分に作っているって事。俺に渡すためにわざわざ和泉がきれいにラッピングしてくれる事。
秋風が吹いて、 オオハルシャギクたちが揺れた。この花の花言葉は「乙女の真心」と「乙女の愛情」なのだそうだ。
俺のためにお菓子を余分に作ってくれて、さらにはきれいにラッピングまでしてくれるその真心、愛情がとてつもなく可愛らしく、愛おしい。やっぱり、この花は和泉によく似ている。
俺が和泉を好きになったのはきっとこういうところなのだろうと思った。
「さあ、真っ暗になる前に帰ろうか」
残りのスコーンは家でゆっくり食べるとしよう。たとえ妹が食べたがったとしても、絶対に分けてはやらない。
俺はラッピングをあらかたもとに戻して鞄にしまった。
秋の花 オオハルシャギク
花言葉:乙女の真心、乙女の愛情
(2012/12/22)
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