冬の刺すような冷たい風は、春の陽気に包まれた暖かなものになった。屋上からの景色は、咲き乱れる桜のピンク一色でとてもきれい。屋上庭園の花壇に植えられたチューリップも蕾がふっくらとしてきて、もう少しすれば花を開かせてくれそうだ。
そしてまだ咲かないチューリップの代わりかのように、花壇の端には黄色くて可愛らしい花がひとつ。おそらく風に吹き上げられて綿毛が飛んできていたのだろう。タンポポの花が咲いていた。
「ほんと、すごい腐れ縁だよね私たち」
今日は始業式で、明日に入学式を控えている。もちろん新しいクラスが発表されたのだけれど、結果はまた彼と一緒であった。2年生の後半から3年生に掛けては大学受験、はたまた就職活動で忙しくなるために3年生に進級する際のクラス替えはないことになっている。つまり、私たちは中学どころか高校3年間も一緒のクラスであることが確定したのだ。全校生徒が2500人を超えるマンモス校の立海大において、こういうことはなかなかあることではないと思う。
「腐れ縁っていうより運命なんだよ、俺たち」
「…ばかじゃないの」
「あはは、ごめん」
彼と付き合って1年とちょっとが経ったけれど、私たちは相変わらずこんな感じだった。
それでも、確かに変化はあって。
毎日ではないにしろ登下校は一緒にするようになったし、お昼休みも一緒に過ごした。繋ぐ手は握り合うものから、恋人同士がする、指を絡めるそれになった。2人でゲラゲラ馬鹿笑いすることは…まだあるけれど、それ以上に甘いというか、それらしい雰囲気が時々作られるようになった。そして、バレンタインを過ぎてからは…。
「あっ、いたいた!幸村…先輩!と和泉先輩!探しましたよー!もうすぐ部活始まる時間だって」
「あれ、もうそんな時間か」
「こんにちは切原くん。入学式は明日なのにもう高校生の練習に参加してるんだね」
「こんちは!そうっスよー。ま、俺強いんで」
「へえ、なら今日は俺と試合しようか?負けたら罰ゲームとして蓮二に特別強化メニューを組んでもらおう」
「げっ、それは勘弁してくださいよー!」
3人で笑いあう。なんか楽しいなあ、こういうの。
和泉先輩も暇なら練習見てってくださいよ!という切原くんのお言葉に甘えて、私は2人と共にテニスコートへ向かうことにした。
「ねえ、そういえばさ、たんぽぽの花言葉って知ってる?」
屋上の扉を開きながら精市が私に問うた。
「知らない。なに?」
「神のお告げ、なんだって」
…いつの間に、神へと昇華したというの、幸村精市よ。
それは、おそらく私たちが運命だという先程の話のことなのだろう。だけど、もうひとつ私の頭に浮かんだのは、私たちが付き合うちょっと前に彼が言った「ずっと一緒にいよう」という言葉。
また、からかって。そう言おうと口を開きかけて、つぐむ。精市は笑っていたけれど、瞳の奥は真剣そのもので。それに気づいた瞬間、わかりやすいくらいに顔熱が集まるのがわかった。すごく、あっつい。
「そうそう離してやらないからね、流華」
私が大好きな、あの笑みを浮かべながら、精市は私の手を取ってそっと指を絡める。精市のあの表情を見るのは好きだけど、恥ずかしくて表情を見ている余裕なんかなくて、私はちょっとだけ俯く。
しばらくきょとんとして私たちの会話を聞いていた切原くんは「ラブラブっすねー」と苦笑した。
私は今、とってもしあわせだ。
春の花 たんぽぽ
花言葉:神のお告げ
(2013/4/20)
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