翌朝も同じように剣持と会話して、数名の一族の忍に見られながら登校する。
昨夜、当主…キリト様は祝いの言葉などなにも言わなかった。ただ、「励め」と。
まあそんなものだろうな、と苦笑いして挨拶を終え、剣持と事務的に会話をして眠った。
そして朝を迎える。いつもどおりだ。変わらない日常。
見張りをかわすこともなくそのままアカデミーの教室に入ると、親友の姿を見つけた。後ろから声をかける。

「おはよう、ヒナタ」

「……」

ヒナタはなにやら赤い顔をして反応がない。

「?」

視線の先を追うと、ナルトがいた。

「あれ、ナルトも合格したんだね。よかった!」

「え!わ、いとちゃん…お、おはよう」

「おはよう。…ふふ、恋する乙女は可愛いね」

「え、え…っ!い、いとちゃん…!」

「あはは、私達もいよいよ下忍だもんね。ナルトも合格できてたみたいだし、一緒に頑張ろうね」

「う、うん…!」


こくりと頷き頬をさらに赤く染める少女。
女の子らしい仕草や庇護欲を煽る表情。私にはないな、とその愛らしさに少しほっこりする。

が、しかし。

ドドドドドドド…
猪か鹿の大群でも押し寄せたのか?というほど大きな足音が響く。

(地響き…)

今日もか、と呆れ半分、面白半分で絃がドアの方に目を向けると、同時に いのとサクラが入ってきた。

『ゴール!』

どうやら二人、競い合ってここまできたようだ。
息は切れ切れ、それでは想い人に「かわいい」と思ってもらえるのやら。
いつもこうして何かと競い合っている二人。私から見ればそんな二人も可愛いんだけど、と苦笑いしつつも顛末を見守る。

「またあたしの勝ちねサクラ!」

「何言ってんの!?あたしの足の先があんたより1センチ早く、先に入ったでしょ!?」

ギャーギャーと言い争う二人。変わらない論争は終わりを迎えそうにないので、絃は近づいて挨拶をした。

「サクラ、いの。おはよう」

「あら いと、おはよう」

「ねえいと!この いのブタより、私のほうが先だったわよね!」

「なに言ってんのよデコリン!私が先よね、いと!」

二人からぐいぐいと迫られ、またも苦笑い気味に絃はたじろぐ。

「ええ…?よく見てなかった……」

「えー!ちょっと、いと!このデコに気なんて使わなくていいから、私が先だって教えてあげなさいよ!」

「それはこっちの台詞よ!」

またぎゃあぎゃあと騒いでいるうちに、サクラがサスケに気づき、駆け寄っていった。それを追いかける いの。

「助かった…」

二人のライバル心、及び恋心にはかなわない。
絃はホッと胸をなでおろした。

「おはよう絃。あの二人は相変わらずだねー」

「女の子ってパワフルだよなぁ…」

「あ、二人とも…おはよう。今日はちょっと遅かったね?」

「ひばが大吉の散歩しないとって言うから付き合ってたんだよ。まあその大吉は一人で散歩して一人で家帰ってったけどな」

「賢いよね、大吉」

そして可愛い。もふもふの毛並み、短い両足、くりくりと丸いフォルム。大吉は柴犬なのだけど、本来の柴犬よりまるまるとしていて小さい。いつ見ても可愛くて、まるで人形のようだ。
ただ、雲雀か奏斗か、双方の総意かはわからないが食べ過ぎだと思う。

「…てか、そろそろイルカセンセ来るんじゃねー?」

「それもそうだねぇ。いこっか、絃」

「あ、うん。待って」


これから下忍になって初めての何かが始まるというのに、呆れるほど、いつも通りの三人だった。







同時刻、火影はこれから下忍の担当教師になる上忍を集め、教室の様子を水晶玉で伺っていた。

「あれですね…今年のナンバーワンルーキー、うちはサスケ…」

「そうじゃ」

「例のうちは一族の生き残り…」

「うむ」

カカシはサスケの様子を見て、その後女子の後ろで倒れているナルトを見る。

「(うずまきナルト…ね)」

火影は、水晶にまた違う人物を写す。

「この子は…」

「そうじゃ、今は亡きメイ一族の生き残り。今は月ノ一族の次期当主として抱え上げられている…」

カカシは頭をガシガシとかく。

「九尾に、うちはとメイ家の生き残り…猪鹿蝶トリオの子に油女・犬塚、そして日向宗家の子…加えて御庭番衆一族であり、火の国の守り神である四龍の血を継ぐ子達。今年は豊作かなー?」

「今まで誰も合格させてないあんたがよく言うわね、カカシ!」

「俺だって好きで落としてるわけじゃないさ。
俺んトコはうずまきナルトにうちはサスケ、春野サクラ…さーて、吉と出るか凶と出るか」

カカシがそう呟いた瞬間、水晶にはナルトとサスケがキスをし、大騒ぎしている場面が写る。

「……」

「……」

「凶と出るカモネ」

はぁ、と火影のため息がこだましたのは、言うまでもない。







「今日から皆は、めでたく一人前の忍者になったわけだが…まだまだ新米の下忍!本当に大変なのはこれからだ!」

イルカ先生の声が教室に響く。
引きずられるまま雲雀と奏斗の隣…というより間に座った絃も、そんなイルカの話をしっかりと聞き込んだ。

「今後君達は三人一組のスリーマンセルを組み、上忍の先生の下、任務をこなしていってもらうことになる」

その言葉にざわつく教室。

(あ… いの とサクラ、また火花散らしてる)

絃はちらりと二人を見る。おそらく今頃、二人はどちらがサスケと同じ班になるかで無言の争いを繰り広げている頃だろう。パワーバランスを見て組むはずだから、現時点でサクラよりもくのいちとしての実力があり、何より両親が猪鹿蝶トリオとして火の国でも実力のあるいのは、サスケよりもシカマルやチョウジと一緒になるだろう、と思う絃だったが、この歳でそこまでのことを考えられているのは絃か奏斗くらいのものだろう。

「班は力のバランスが取れるよう、こっちで決めた。それでは発表する!」

やはりか、イルカの言葉に無言で頷く絃。
つらつらと名前が読み上げられ、自分の名前が呼ばれると一喜一憂する生徒達。
特に7班が読み上げられた時は、ナルトとサクラの一喜一憂が激しかった。

親友であり、目の前に座っていたヒナタは8班に分けられた。

「は、離れちゃったね…いとちゃん…」

「そうだね…一緒になれたらあるいは、と思ったんだけど」

隣を見ると名前がまだ呼ばれない幼馴染みたち。
これは多分…と少しの期待で胸を膨らませつつも名前が呼ばれるのを待つ。

「…そして最後に月ノ絃、風楽奏斗、渡会雲雀!お前たちは第六班とする!」

やはりというべきか、家族のように愛おしいその名前が呼ばれた。客観的に見て、絃はアカデミーの中では成績が悪い方ではないと自負していたし、雲雀や奏斗は優等生の部類に入る。
特に雲雀はイルカからの信頼も厚く、天才肌…むしろ奇才とまで呼ばれる奏斗の実力は相当なものだ。
パワーバランスを見ればこの三人は分けられて然るべき…と思うのだが。

「よし、班分けは以上!」

イルカがそう言い終わったので、今更なにを考えても仕方ない、幼馴染みたちと班が同じだったことに安堵しようと息を吐いた。
隣にいた雲雀がそっと握り込んだ拳に優しく手を置いてくれるので、そちらを見れば、優しい笑みで頷いてくれた。黙ったままの奏斗も、こちらを見ずにもう片方の手を握ってくれる。

___ああ、安心する。

これからの任務も何もかも、二人となら乗り越えていけると思った。
そうしてぎゅ、と二人の手を絃が握り返した直後、二つ前の席に座っていたナルトがガタンと立ち上がる。

「イルカせんせーー!優秀なこの俺が!何でこいつと同じ班なんだってばよ!」

ナルトの問いかけに、イルカは腰に手を当てる。

「サスケは卒業生でトップの成績…ナルト!お前はドベ!力を均等にしようとなると、当然こうなるんだよ!」

ドベの言葉に笑う級友たち。いたずらだらけのナルトをよく思う生徒は、少なくともまだ幼いアカデミーには少なかった。
あんまり好きじゃないな、ひとを嗤う声。
思って吐いても口には出さない。また少し拳を握り込んだ絃に気づき、雲雀は耳元で「痕つくからやめとけぇ」と囁いた。絃は目を伏せる。うん、と頷いてゆっくり開いた。

「午後から上忍の先生を紹介する!それまで解散!」

解散、の言葉にそれぞれがチームと集まったり、仲のいい友達に声をかけたりし始めた。
絃はヒナタに声をかける。いつも通り、そんな絃の後ろには奏斗と雲雀がいた。

「ごはん食べよう、ヒナタ」

「あ、いとちゃん…うん、食べたい」

奏斗と雲雀はできる限り絃のそばにいたいという思いからヒナタの近くにいるものの、ヒナタと絃の会話の邪魔をすることはない。
二人が何気ない会話をしながらいつも食事をとる木陰まで移動しても、ふたりは近くのベンチに座るだけで干渉したりはしない。

過保護だなと感じるのと同時に、日向宗家の娘であるヒナタもまた、絃…及び月ノ家の実情はなんとなく察するものがある。いとちゃんも大変なんだもんな、と納得させながらも、特に雲雀の方に感じる「絃への独占欲」は少し異常ではある、と身震いした。
どことなく儚い雰囲気を纏う絃のことを思えば…気持ちが全くわからない訳ではないけれど。

「ヒナタ、8班のキバやシノはあまり得意じゃないタイプなんじゃ…」

「あ、うん………正直ちょっと怖いけど…でも、せっかく同じ班になったから、なんとかやっていきたいと思ってる、よ…」

「…そっかぁ。ヒナタは強いね」

「え?そ、そんなこと…」

「強いよ。私は雲雀たちと同じだってわかった時、本当に嬉しかったしホッとした。…ヒナタだって私と同じくらい大変な立場なのに。なんか、わたしだけ贔屓されてるって思われてないかなって…今も不安」

「………」

「でも、ヒナタが頑張ってるんだし、わたしも頑張る。下忍の間はわからないけど、中忍試験を受ければ合同任務とかもあるかもしれないし、…お互い頑張ろうね」

ふんわり笑う絃に、ヒナタは少し目を細めた。
絃はこう言うけれど、実際は自分よりよほど社交的で、任務でもきっと活躍できる。奏斗や雲雀と同じで安心したのは本当だろうが、彼女は仮に自分やサクラと同じ立場でも難なくやっていけただろうな、と思う。

嘘だとは言わないが、彼女はいつも本音を隠す。
それが彼女なりの処世術であり、自衛の術なのだ。ヒナタにはそれがわかっていたから、絃の言葉に静かに頷いた。二人は、決して仲良しこよしの関係ではないけれど、深く理解し合っていた。

「ひばぁ」

「………うん?」

「見過ぎだろ、バレるぞ」

「いや、かわいいなって」

「聞いてないよもう!…班が同じになったんだ。これから僕たちがあの子を命懸けで守るんでしょ」

「おう。…月ノ家がいつ動くかわからない、警戒していこうな、奏斗」

「はいはい、わかってるよ雲雀」

平和なような物静かな食事をしている女子二人の横で、明らかに不穏な会話をする奏斗と雲雀に気づく者は、今のところは、いなかった。