反省とか後悔とかもう全部どうでもいいけれど、今朝壊れかけのパンプスで出社したことだけはしくったなあと、折れたヒールを見て今日何度目か分からないため息をついた。
現代社会の闇は私たちのすぐ隣にあって、というか私の立っている場所だって真っ暗なんじゃないかと思う。死んだ顔のスーツの群れの一員として暮らして早……もう何も考えたくない。分かっているのは接待中の客の目の前で、クソ上司を鞄で殴り飛ばし、罵詈雑言を吐き散らかし、人生で初めて振るった暴力によく分からない興奮が全身に駆け巡り、そのテンションに身を任せ逃げ出してきたことだけだ。荷物を持って出たことだけは本当に褒めてやりたい。会社にも特に置いておきたいものはない。これで辞められる理由ができていっそ清々しているくらいだったけれども。
「疲れた…………」
ヒールと共に心まで折れたみたいだった。デスクワークが増えた身に久々の全力疾走は堪えた。それは靴も同じだったらしい。気付けば以前より身なりに気を使えなくなって、パンプスを新調する気力すらなくなっていた。
どこもかしこも煌々とした看板が立っている、明るい割にどこか不気味な空気が漂うこの街に、いつしか私も毒されていたのかもしれない。靴の様子を見ようとしてしゃがんだらもう動けなくなった。客引きに気をつけてと呑気な調子の歌が街頭のスピーカーから流れている。道端に座り込む髪を振り乱し靴を投げ出した女に声をかけるようなガッツのある店員はいなかった。
「あ、あの」
訂正。いた。男の声だから誰彼かまわぬナンパかもしれない。めんどくさいので聞こえなかったことにする。
「大丈夫、ですか」
大丈夫に見えるかよ、とぐちゃぐちゃの前髪の隙間から男を睨むと、「ヒッ」となんとも情けない声が返ってきたが、それに妙に覚えがあったのでよくよく顔を見ると、記憶より幾分悲壮感漂っていたものの、そこには紛れもなく学生時代の旧友が立っていた。
「どっぽ」
百貨店で買った口紅はこんな時でも唇を潤いで満たしてくれていたので、思ったよりもなめらかにその名前は口から滑り出た。
「や、やっぱり名字だった」
この時会ったのが一二三じゃなくて良かったと、最初は思っていた。
back →
斜掛