あんなこと、言うんじゃなかった。

「名前先輩、どうぞ!!」
「…えっ」

今更後悔しても遅いのだけれど。
差し出されたのはざるに乗った白くて四角い、…豆腐?

「どうしたのこれ」
「名前先輩が今朝豆腐は嫌いだと仰っていたのが悲しくて悲しくて…でも食べれば魅力がわかって頂けると思って!久々知兵助、心を込めて作りました!!」
「それでわざわざ私の部屋まで…?」

はい!と元気良く返事して私を見つめてくる久々知と豆腐。確かにそんなこと言った覚えがあるけど、まさかすぐに部屋にまで来るとは。ここくのたま長屋ですけど…彼は豆腐が絡むと色々とすごい。
それより食べたら分かるってどういうことだ。食べて駄目だったから避けてるんだけど。

「ほら先輩、」
「いやいやだから私豆腐苦手で」
「どうかそんなこと仰らず」
「いやほんと…!」

そのあとの言葉は続けられなかった。伸びて来た久々知の手と豆腐。舌に広がる滑らかな、私の嫌いなその味。
あーんなんてかわいいものじゃない。まるごとを無理矢理に口に押し込まれた。喉まで圧迫されて吐き出しそうになり、生理的な涙が滲む。いや精神的な物も大分に占めているだろう。

「どうです?」

こんな状態で答えられるか。必死で吐き気を押し止め、どうにか全て飲み込んだ。

「……さいこう」

最悪。だからもう帰ってくれ。
これはトラウマ確定だ。口の中いっぱいに豆腐の味が残っていてまた吐きそうになるのを抑えた。

「そう言ってくださると思ってました!」

嬉しそうな久々知の顔をげんなり見やると、あろうことかこんな事を抜かしてきた。

「明日からもご馳走しますね!ああ、どんな料理がいいかな」

とりあえず麻婆豆腐にしようかな、なんて鼻歌を歌いだしそうな程ご機嫌だ。対する私は反論すら出来ないほど精神が参ってしまった。帰りたい。ここ私の部屋だけど。いっそ帰省しようか。

「せんぱい」
「…なに」

「楽しみだなあ」

ふふ、と緩められた頬。長い睫毛に縁取られ細めた目は、彼のものではないようだった。


150720
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