※いかがわしい
※近親
※律中2
夏には毎年、祖父母と両親と暮らす私の家に従兄弟二人が帰省してくる。そこそこ古く、ほぼ全部の部屋が畳で、縁側なんかも一応ある造りになっているこの家は、親戚が泊まりにきてくれるという点だけは好きだった。他は普通。雰囲気だとか歴史だとかも中途半端で、私は早くこの田舎から抜けたくて仕方がない。自然が豊かと言ったって、そんなものずっとここに居たって実感することなど出来やしなかった。
男の子は本当に、毎度きちんと背を伸ばしてみせるから驚く。去年はまだ余裕で見下ろせていたけれど、今年はどうだろう。さすがに抜かれることはないとは思うが、それにしたって目線は同じになっているかもしれない。私だってまだ高校生だからわずかでも伸びしろを期待しているのに、春の健康診断は非情な結果を私に告げた。年下に背を抜かれるというのは、たとえ男の子であっても少し悲しい。
向日葵が咲きそろってから、従兄弟はやってきた。けれども茂夫くんは受験勉強に専念するらしく、家に見えたのは律くんひとりだけだった。2年生になった律くんは、やっぱりひとつ大人になったように見えた。
「久しぶり、律くん」
「久しぶり、姉さん」
律くんは私のことをなぜか姉さんと呼ぶ。茂夫くんだって少し年は離れているけれど、名前ちゃんと呼ぶのに。単に呼びやすいのかもしれないけれど、少しだけ小骨のように引っかかる事だった。茂夫くんとは今でもよくしゃべるけれど、律くんは3人で共に居てもなんだか距離を感じることが年を追うごとに増えていった。まあこの歳になってまでべたべたするというのも可笑しい話だけれど。
律くんが来てからひと晩明けて、朝。祖父母は日中、車で少し移動したところで農作業をしている。といっても定年した後の趣味が少し発展したもので、稼ぎという訳ではなかった。父も母もいつも働きに出るので、それなりに広い家は人が減って、学校がない私だけになるとばかでかく、がらんとして見える。忙しい律くんはもう明日には帰ってしまうから、きっともっと寂しい空間に感じるだろう。そう思うと、彼とまともに話さず都会に帰してしまうのは、面倒事を避けるという点では良いものの、やはり心残りにはなるだろうなと気休め程度の風鈴を聴きながら思った。
自室で宿題をつぶそうとしても、すぐに集中力が切れてしまった。せっかく早起きしてみても、こう暑いとすぐにだれてきてしまう。壁の丸い掛け時計を見ると、お昼ご飯まではまだ時間があった。
律くんとは玄関で挨拶したきりひと言も喋っていない。しきりに話しかける祖父母の相手をしていたから、仕方ないといえばそうなのだけれど。思春期、中学生、きっとやりたいことが帰省なんかよりもたくさんあって、こんな田舎に飛ばされて、可哀想だと思う。特に仲の良くない従姉弟に会ってまで。
律くんたちにいつもあてがわれる部屋をノックする。二階にある、ここと私の部屋だけは洋室になっている。
「…姉さん?」
「…はいってもいいかな」
「え、いいけど…」
ドアを開けると、律くんは折り畳み式の机にノートやワークを積んで勉強していた。座っていた座椅子から体をこちらに向けて、すこし驚いたような顔で私を見る。
「どうしたの、姉さん」
「宿題、やってたんだけどさあ、飽きちゃって…。でもごめん、律くんはちゃんとやってたのにね…私ももうちょっと進める。お邪魔しました」
「え、あ、ちょっと、待って」
気力を振り絞って開けたドアをさっそく閉めようとすると制止の声がかかった。
「一緒に勉強しようよ」
「え、いいの…?」
「うん」
きれいに浮かべられたその笑みは、小さい頃向けてくれたものと同じ縁取りをしていたけれど、もっとずっと大人になっていた。
「じゃあ、勉強道具とその机私の部屋にはこんで」
「え?」
「こっちじゃ書くところ確保できないから。いこう」
私は部屋に戻ろうとドアノブを握る。
「や、でも」
「…嫌かな」
「いやじゃない、うん。ありがとう姉さん、行くよ」
私は勉強机に向かい、律くんは折り畳みの机でクッションに囲まれて座り、黙々と宿題を片付けた。律くんは頭の良い子だ。するするとこなしていく彼に反して、私はひとつの問題によくつまづいた。私の机にうず高く積まれたワークに向けられてしまった律くんの視線が悲しい。
扇風機が生ぬるい風をかき回す。はっきり言って、まるで役に立っていない。さらなる文明の利器に頼るにはすこしためらうけれど、お客もいることだし、許されるだろう。
「ごめん暑いね、エアコンつけようか」
「大丈夫だよ。平気」
「そんな気い使わなくていいのに。えっとリモコンはどこだっけ、っうわ」
ぼすぼすクッションを踏み歩いてリモコンを探すと、やはり足場が悪かったせいでバランスを失った。自分の部屋でコケるなんて恥ずかしいなとか思いながら、しかしどうにも持ち直す態勢をとれなかったので無様に倒れた。
「たた…あれ」
律くんは私を受け止めようとしてくれたみたいだったけれどうまくいかず、足が変に絡み合うだけのよくわからない惨状になっていた。
「わっごめん律くん! すぐどくっ」
「え、あっ、待って姉さ、」
慌てて動いたら足が律くんの汗の伝うふくらはぎをなぞり、ついでにもう片方の足は大事な部分を触ってしまった。不可抗力だ、事故だ、許してほしい…気づかないふりをしてほしい…と思ったけれど残念、律くんは声をあげて反応してしまった。
「あ、っ」
今までの人生において味わったことのない気まずい沈黙が流れた。とりあえず距離をとって座る。さあっと青くなる私に対して律くんの顔は真っ赤になる。冷や汗が止まらない、こんなことになるなら話しかけるんじゃなかった。親睦を深めようとしたのがさらに深手を負ってしまった。しかも、こんな形で。
「…ご、ごめんなさい」
せめて謝ることはちゃんとしようと、張り付いた喉からなんとか声を出した。律くんはうつむいて何も返してはくれない。また二人で黙ってしまう。扇風機の機械音がよくよく聞こえた。ちりん、と鳴った、ひどく場違いな風鈴。
「せきにん」
「…え」
今度沈黙を破ったのは律くんだった。まあ私にはもうそれをする勇気はなかったのだけれど。うつむいていた顔を少しだけ上げた律くんはこう言葉を続けた。
「責任、とって、姉さん」
熱に浮かされた目で私を見る。そしておもむろに立ち上がって、私の肩を掴んで、床に倒した。
どうして、とは思ったけれど、さっき触れてしまったとき律くんのものはすでにしっかりと主張していた。なんでここで欲情してしまっていたのかは分からないしあまり考えたくないけれど、そんなことより、これは良くない。良くないことだ。
「セックスは、駄目だよ」
黒々とした目がわずかに見開かれた。律くんの汗が私の首筋に落ちた。肩を掴んだ手の力が少し強くなる。
「じゃあ、何なら良いの」
まさかそう返されるとも思わず、私は困惑する。その目で射すくめられては反論がうまく思いつかないし、彼の事だから私なんかより良いことを言っておさめてしまうだろう。何なら。いや何でも駄目でしょう。私たち従姉弟だし、それより律くんなんか中学生だし、いやそもそもこんなのはおかしい、とは回らない頭ではうまく言葉にすることが出来ず。
「み、見ててあげるから」
出てきた言葉はどうしようもないものだった。
「ひとりで、して」
言った後すぐに後悔はしたのだけれど、律くんは「わかった」と返事をしてしまったので、もうどうすることもできなかった。
「ちゃんと見ててね、姉さん」
いつの間にそんな顔をする子になってしまったのだろうか、律くんは。
160821
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