「あ、いらっしゃいませ」

 酒が弱いと自負している癖に見事な二日酔いをきめトイレにこもりっきりの霊幻さんなどつゆ知らず、お客さんは普通にやってくる。といっても今日の予約は一件だけだった。私はただの事務要員なので、世紀のなんとか大先生には早く回復してくれないと困る。私もマッサージ、会得した方が良いかな。それより除霊方法を身につける方が早いかもしれない。今度モブくんに相談してみよう。
 ところで先ほど事務所のドアを開けたお客さんはさっきっから入り口で固まったままで、なぜか汗を噴きだし小刻みに震えている。具合が悪いのだろうか。

「あの、大丈夫で」
「ヒッ」

 私が声をかけると彼は悲鳴のようなものをあげて、ただでさえ遠かった距離をバッと勢いよくさらに空けた。モジャモジャの髪が風にぶわっと揺れる。えっ怖がられてる…? そんなに深刻な悩みを抱えていたのだろうか。でも見たところ、なにか悪いものが憑いているわけでもないようだし。接客スキルは霊幻さんに遠く及ばない私は彼のように口が達者でないから、どうこのお客さんをなだめようか考え始めたのだけれど、あわあわと落ち着きのない彼は今まさにトイレで死んでいる人の名前を口にした。

「れ、霊幻さんは…?」

 あれ、もしかして知り合いだったのか。呼ばれた彼はトイレから干からびた声で「お〜〜芹沢〜来たか〜〜……」と言った。せりざわさん。そういえば、新しく人が入ったという話を聞いていた。それにしたってこの反応は…私のことを彼には伝えていなかったのだろうか。

「あの、私バイトの者です。霊幻さんは今立て込んでいるので、とりあえず入りませんか」

 お客、もとい芹沢さんは消え入りそうな声で「はい」と答えた。



 どうにかこうにかソファに向かい合って座り、自己紹介を終えた。モブくんには先に出会っていたらしい。今までの重い人生も軽く教えて頂いた。しかしまさかこんな所に社員が雇われる日がくるとは……いやでも町にでっかいブロッコリーが生えるくらいだしね……給料、ちゃんとそれなりの額出して貰えるのかな、芹沢さん。

「おおすまんな芹沢、待たせて悪かった」
「私も待たされてたんですが」
「細かい女はモテないぞ〜」
「ウザい男もモテませんよ」

 霊幻さんの顔を見ずにお茶をすすりながらそう言うと、彼はしばし言葉を失い、芹沢さんに「気を付けろ、名前は俺たちチーム非モテにも容赦がない」とかぼそぼそと耳打ちした。それは芹沢さんとモブくんも含められているのか。失礼だな。エクボは…まあ…でも一時期信者集めてたから人望は…? うーん? 最近姿を見ないけど、どうしてるんだろう。

「てか聞こえてますけどね」

 私がそう言うと、霊幻さんはビックゥと大げさに体を硬直させ、芹沢さんはあわあわ私達を交互に見る。別に私、怒ってないんですがね。

「今日はモブくん来ないんですか?」

 私が話題を移すと助かったと言わんばかりに食いついてくる。

「あ、ああ、そう! モブ! モブは今日は部活らしいぞ!」
「そうなんですか…モブくん居ないと寂しいな…」
「部活ですか…青春だなあ…影山くんは何部なんですか…?」
「「肉体改造部」」
「えっ…」

 不本意な事にハモった。芹沢さんはそれに対して…ではなく、聞き慣れない部活の名前に戸惑ったようだった。

「なるほど…強靭な精神は強靭な肉体に宿る…ってことですかね? 偉いなあ…」
「ただ筋トレに興味あったからじゃないですか?」
「いやモテたいだけだろ」

 えっそうなの。筋肉でモテる道を選ぶのモブくん。でも最近は細マッチョが人気らしいよモブくん。知らないけど。少なくともモブくんがゴリマッチョになったら私は泣く。

「でも目標があるのは良い事ですね…応援してるよモブくん…泣くけど…」
「泣……? まあそうだな、マラソン大会も頑張ってたしな」
「目標…かあ……俺は…」

 なんとなくしんみりした所に芹沢さんが更に拍車をかける。顔を伏せる。アフロが揺れる。いやアフロ程の髪の量ではない…? そうじゃなくて。

「とりあえず家から出ただけで一歩前進じゃないですか、行動することが大事ですよ。これからです」

 私ごときが何か言える立場ではないが何か言っとかないと芹沢さんが居た堪れない。かけた言葉に芹沢さんは恐る恐る顔をあげた。ヒゲ濃いな。その割に威圧感のない面立ちだ。"相談所"には良い人材なのでは。

「名字さん…いや名字先輩…」
「えっ!? いや先輩なんてやめてくださいよそんな!」
「…行動、といやあれだな、外見を変えるのも手だな」
「えっ整形…!? いやでも俺金ないです…! あっ臓器売ってきますか…!?」
「ちげーよ! イメチェン! 髪切ったりするだけで変わるだろ」

 芹沢さん、普通の人かと思ってたら結構突飛な話するな。やっぱり引きこもりが影響してるのか…でも悪い人じゃない。むしろ良い人だ。

「あっ、そ、そうですよね! すみません!」
「髪切るのは良いですね、賛成です。…美容院予約しますか?」
「んなもん金もったいねえだろ。俺が切る」
「「えっ」」

 今度は芹沢さんとハモった。「あっすいません!!」謝らなくていいですよ芹沢さん……

「霊幻さんそんな事も出来たんですか」
「おう当たり前だ。俺のこと誰だと思ってんだ」
「世紀の…えっと……何だっけ…」
「お前そろそろ覚えろよ! 覚えてくれよ! ポスターも貼ってあんのによ!!」
「まあそれは置いといて…芹沢さん、霊幻さんに任せて大丈夫ですかね?」
「あっ全然! よろしくお願いします!」
「置くな!」

 霊幻さんは何ごとかまたうるさくしていたがまあ無視だ。一番良い方法です。

「とりあえず…今日は道具ないからまた後日だな」
「は、はい!」

 そう言って、霊幻さんは丁度掛かってきた電話に出る。後日か。私が次来た時にはもう切られてるかな? となると今の髭もじゃもちょっと名残惜し…くもないか。芹沢さんを見つめていると目が合ってしまった。あっごめんなさい。視線、嫌ですよね。

「いやでも、芹沢さん優しい顔してるからきっとさっぱりした格好も似合いますよね!」

 誰に言ったんだか分からない感じになってしまったが、霊幻さんは反応してくれなかった。見ると電話は今日の客からだったらしく、今まさに出迎えに行こうと玄関へ立ったところだった。芹沢さんはというとでかい体をソファの上に縮こまらせて、どこか居心地悪そうにしている。顔を赤くして汗を垂らして。

「あ、ありがとうございます……」

 早くも好感度を下げてしまっただろうか、不安な気持ちで微妙な空気の中あははと乾いた笑いをとりあえずもらした。やっぱり話術をまっ先に会得するべきだなと思いながら。


170129
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