驚くほどすんなりと、兵ちゃんと私はよく馴染んだ友達になった。妙にしっくりと、丁度よく、こんなにも。私と兵ちゃんは本来、かけ離れている別グループに属すだろうに。そういうことを言ったら兵ちゃんは怒るだろうか。優しいのだ、およそ信じられないほどに。



「うちに遊びに来て」
「いいの?」
「いいよ」

 週の半ば。水曜日。中だるみ。その日は早朝から雨が降っていた。梅雨は過ぎたというのに飽きもせず朝からざばざばと降り続いていた。7月の明るい日差しは雲に覆われこちらには届かず、暗澹とした空気が立ち込めている。

「お家の人とかは?」
「あんまり居ないし」
「兄妹もいないんだっけ」
「うん。……だからね、泊まっていっても良いよ」

 ほんの少しためらってから兵ちゃんはそう言った。

「本当!? お泊まりしたい!」

 兵ちゃんは頬を染めてゆるやかに微笑んだ。

 教室はむっとする暑さだった。湿気で髪が、とあちこちで苛立ちにも似た声が聞こえる。私の髪もいつもより広がって嫌になってしまう。兵ちゃんはもともと癖っ毛ではあるけれど、いつも通りで羨ましい限りだ。私の前の席に座る兵ちゃんの、高く結われた黒いポニーテール。暑くなりだしてからは定番になっているその髪型。白いうなじが見え隠れするのをぼうっと見ていると彼女はふいに振り返った。ばちりと視線が合う。これには未だ慣れない。嫌だとかそういう訳ではなくてこう、脳を介さず心臓だけが直接痛むような、冷たくもどかしいなにか。

「今週の金曜とか、どうかな」
「いいよ。学校から直で…ああでもパジャマとか持ってかなきゃか」
「服とかタオルなら、貸してあげる」
「ほんと? ありがとう!」

 お泊まりとか、そういえば高校に入ってからはした事がなかった。久々だ。楽しみだなあ。朝のHRの時間を知らせるチャイムが鳴り、ややあってから担任が教室へ入ってくる。前の席の兵ちゃんは椅子を元に戻す。起立。礼。着席。
 担任がもうすぐテストだから意識して準備するようにだとか不審者に気をつけるようにだとか言っている。
 私は兵ちゃんのポニーテールのはねた毛先を見ている。


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 結局雨足は放課後も弱まる事なく、むしろ強まったようにも感じた。校庭がぐちゃぐちゃになってしまったので運動部は今日は校舎内で筋トレや走り込みらしい。やんなっちゃう、そうこぼすクラスメイトに大変だね、と人ごとのように返す。実際他人事だ。委員会も特にやることがない私は今日はまっすぐ帰っておうちで漫画でも読む予定だった。

「兵ちゃんは今日は?」
「あ…ごめん、友達の委員会手伝わなきゃいけなくて…」

 なんでも鳥小屋への雨の浸水が激しいらしく、ちょっとした修理をするんだそうだ。
 …兵ちゃんにも、そういう、助け合いをする友達がいるんだ。当たり前だよね、だって兵ちゃんは人気者だし、前のクラスでも頼られていたのだろう。

「そっか。じゃ、頑張ってね! 私はこれ以上雨ひどくならないようにさっさと帰る〜」
「うん、気を付けてね」
「兵ちゃんも、あんまり遅くならないようにね」



 廊下は下校する生徒でごった返しており、加えてこの湿気で自然と気分は下がった。

「あ、名前!」
「あれ、久しぶり」

 中学の頃からの同級生とばったり会った。同じ高校といえ、クラスがある階が違えば彼女と会う機会は減ってしまった。

「今ヒマ!?」
「え、ああうんもう帰るだけだけど…」
「手伝って欲しいの! 学級委員会で使う冊子、ちょっとホチキス留めするだけだから!」
「あ、うんそれなら…いいよ」
「ありがとう!」

 本屋にでも寄ろうかと思っていたけれど、まあ雨だしやめておこう。
 今日はどこも忙しくしているらしい。



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 なにがちょっとだ。全クラス分って。てっきり彼女のクラスの人数分だけだと思っていたのに…もうすっかり日が落ちてしまった。もともと空は曇っていたけれど。今度色々奢ってくれるそうなので許す。

 結局雨はあがっていなかった。外を歩き始めるとローファーに徐々に水が染み込んでいく。早く帰ろう。意識して早足になると、私の少し後ろのほうでもバシャバシャと水音が聞こえた。
 …付けられている? こんな、雨の日に?
 背後を伺うと真っ黒な傘が物陰に隠れるのが見えた。…下手くそか。気持ち悪いのには変わりはないけれど。

 とりあえず商店街の所まで入ってしまおう。駆け出すと相手も合わせてくる。傘が邪魔で走りづらい。一方向こうの足は案外速く、どんどん足音が近づいてくる。嫌だ。走る。靴下がずぶずぶ濡れている。鞄が重い。足音が近づく。息が切れそうだ。曲がり角まで来たから、もうアーケードはすぐそこで…………



 けたたましくクラクションが鳴った。

 驚いて一歩後ろへ退くと、水飛沫を上げながら車が横切っていく。…轢かれるところだった……普段は道路に飛び出すことなんてないのに。心臓がうるさい。ひやっとするというか、もう体温が一度二度下がったような。
 あれ、私なんでこんなに急いでたんだっけ……

 はっとして後ろを振り返る。相手の手元に銀色の短い刃物が鈍く光っていた。

 あ、わたし知ってる。前にも見た事がある、この光景。そのときもわたしは動けなかった。動けずに、その切っ先を呆けながら身体に受けた。覚えている。覚えているけれど、どうしてだっけ?
 引っかかる記憶をどうにか思い出したかったけれど、そんな暇はなかった。
 頭が重い。ふらつきそうになる。改めて相手を見つめると、得物を高く振りかぶっていた。
 そんな構え方じゃすぐに避けられてしまうのに。馬鹿だなあ。そう思っても身体は動いてくれなかった。手の力が抜けて、傘が水たまりに落ちる。飛沫を浴びた。雨ももろに被った。そういえばあのときもずぶ濡れだった気がする。雨音がひどくうるさい。


170920
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