うっかりしていた。そう、これは迂闊だっただけなのだ。

「じょ〜ちゃん」
「嬢ちゃんじゃないです」
「んだよ、名前で呼んで欲しいのか? 案外可愛いとこあんじゃねえか名前」
「そういう事じゃなくて…!」

全身タイツのエッチじゃない、むしろ怖いお兄さんに頭をわしゃわしゃ撫でられる。力が強すぎて脳みそがとてつもなく揺れる。ブレる視界に映る蒼すぎる長髪。曇りがかった今日の空をバックにすると眩しすぎるくらいだった。屋上は風が思ったより強く、派手になびいていく。

「あの、ここ学校だから絡んでくるのやめて下さい」
「おーおー酷えなァ。友達居ない名前ちゃんにわざわざ付き添ってあげてんのによ」
「いる! いるし! 私には凛ちゃんがいるから!」
「その凛は今ごろ衛宮士郎と飯食ってるけどな」
「ぐっ…」

なにも言い返せない。渋い顔であんパンの袋を開け中身を頬張る。にやにやしている彼から目を逸らしつつマイベストフレンド凛ちゃんに想いを馳せた。
聖杯戦争。詳しくは知らないのだけれど、凛ちゃんと……それから衛宮、そして間桐は、その名を冠す端的に言えば殺し合いに参加しているのだそうだ。魔術を用いた。
そして私はそれに今絶賛勧誘されている。目の前にいるケルトの英雄――――クー・フーリンに。

「……しつこく来ても私、聖杯戦争なんかやらないですよ」
「お前の魔力量なら勝算あるんだが」
「魔力はあっても扱えないし…魔術はからきしで」
「オレに全部注ぎ込めるじゃねえか。使い倒していいぜ」

ニッと笑う彼からは怪しさなんて微塵も感じられないのだけれど、いかんせん私は凡人なのだ。彼らの輪に入ることはできない。

「死にたくない」

口をついた言葉はあまりにも脆弱で、そんな自分にも嫌気がさす。

「死にたくないから、嫌です」
「お前を死なせない為にオレが居る」

思わず見上げた彼の眼差しは真剣で、髪色に生える紅の双眸は、私の間抜けな顔をいっぱいに映していた。

「お前を護る。…今度こそな」

最後小さく呟かれた言葉はよく聞こえなかったけれど、その前の台詞の威力がありすぎてどうでもよかった。
護る。私を?

「なんで私なの」
「さっき言わなかったか? お前となら勝算あるしよ、何より楽しめそうだ」
「だって、好きなタイプは気の強い女なんでしょ」
「おま…どこでそれを」
「……」
「あーあーあーこの」

心配性め。右手で顔を両側からむぎゅっとつままれて無理やり上を向かされる。呆れたような表情をしていた彼は私のより不細工になった顔を見てか、からからと笑い出した。

「ゲッシュでもたてるか?」
「え、やだそうしたらクー・フーリンが死んじゃう」
「何で俺が裏切る事前提なんだよ」
「ご、ごめんなさい」

ったくよ、とため息をついて私の髪をがしゃがしゃかき混ぜる。とりあえず頭撫でとくのやめて欲しい。

「俺と契約しないでもなあ、そのうち魔力量に困った誰かが持ちかけてくんぞ。サーヴァントじゃなくともな。あの…ワカメ頭のアイツとか」
「間桐? いや無い無い、却下」

苦い顔をした私に彼はハ、と笑う。

「心配せんでも、お前は芯のある女だよ」

え、と彼を見上げようとした矢先にまた頭をわしゃわしゃされた。力が強いのですこしくらくらする。

「俺と契約するのが一番だと思うがなあ」

そう、なのか。でも彼が人を騙くらかして勝利を求める人でないのは知っている。

「うーん」
「此の期に及んでまだ悩むか」
「大事な事でしょう」
「信用ねえなオレ」

ふてくされたようにそっぽを向いてしまった彼の、背中に垂れる青く長い髪を、手を伸ばしてすくう。少しだけ傷んでいる。

「ちゃんと手入れしなきゃ駄目だよ」
「あー…」
「せっかく綺麗なんだから」

彼が振り向いてしまったので手を離す。ぱらぱらと翻る毛先。名残惜しいと思った。

「契約、する」
「お、ようやくその気になったか」

ほんとうに嬉しそうに笑う彼を見て、私もつられて口角が上がる。彼といると、落ち込む暇もないかもな、と思った。

「私がちゃんとトリートメントしてあげよう」
「風呂一緒とは随分と大胆だな…」
「クー・フーリンは美容院を知らないの?」
「びよ…?」

頭だけ洗面所でやってあげようと思ってたんだけど、まあいいや。「右手出せ」言われるがままに差し出した手の甲が光りを放つ。彼も手を伸ばす。口をつく詠唱、ああこれは凛ちゃんが練習していたから覚えているんだっけ?

「――――告げる」

どうして私は彼の真の名を知っているんだっけ?


つづかない
180221
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